遙かなる時空の中で3



�言葉は違えど、呼ぶのは彼女ただ一人。大切な仲間の声に、膝を抱えていた腕を解くと、すとん、と足を地に着ける。

「行かなくちゃ」
『どうして?』

呟きに返る甘い声。

『行ったらまた苦しくなるのよ? あんなに悲鳴をあげてたのに』

その言葉が心の奥に届くのは、それが真実だから。
苦しかった。
悲しかった。
悔しかった。
逃げたかった。
皆を喪ってただ一人、渡り廊下に戻ってきたあの時空を忘れたことはなく、また運命を切り拓こうともがいてもうまくいかず、逆鱗に身を委ねたのも一度だけでない。
それでも、ここで一人全てを忘れてなんていられるはずもない。
だってあの時、望美は選んだのだ。一人逃れるなんて嫌だと。また皆に会いたい。皆に生きていて欲しい。

『ここにいれば苦しくないのよ? 悲しくもない。あなたに神子であれと望む者は誰もいないのだから』
「うん、そうだね。でも皆がいない」
『あなたを苦しませる者達よ』
「皆と居たいの」

そのために苦しくても、悲しくても、剣を取って進むと決めたのだから。
だから白の世界に響き渡る鈴の音に手を伸ばして、象る光を握り締める。
馴染むのは運命を切り拓く力。龍に与えられた剣。

ここには何もない。
苦しむことも悲しむことも、けれども仲間と笑い合うことも出来ないから。
だから望美が選ぶのは優しい世界ではなく、胸を突き刺す戦の世。
甘言を囁く檻の主に焦りが滲むのを感じながら、迷うことなく剣を振るう。
パリン、と割れた音がして、キラキラと欠片が舞う。
ーー夢の終わり。
優しい夢が終わりを告げる。

『何故夢に委ねないの? 悲鳴をあげていたくせに!』

最期の叫びに目をそらさずに見つめると、眩く輝き、その後に在るのは大切な仲間達。

「望美!」
「先輩、無事ですね。良かった……」
「朔、譲くん、話は後で。今は先に怨霊を倒すよ」

スッと剣を構えると、先に斬り込んだ九郎に続いて剣を一閃させて、景時の援護射撃の邪魔にならないように身を引き、その時を待つ。

「望美! 今だ!」
「めぐれ、天の声。響け、地の声。かのものを封ぜよ!」

五行の力が巡るのを感じて封印を施すと、怨霊が光の中に解けていく。
その気配が完全に消えたのを確認して構えを解くと、ふぅと一つ息を吐いた。

「この馬鹿! 一人で突っ込むなといつも言ってるだろう!」
「あ~九郎さんだ」

懐かしいと思ったのは望美一人で、『変わらぬ時間』に居た九郎は戯れ言と思ってますます眉をつり上げ怒りを纏う。

「九郎、落ち着いて。望美さん、変わりありませんね? 白龍が繋がっているから大丈夫だと言っていましたが、姿が消えて心配しました」
「すみません、ご心配おかけしました」
「私は神子の龍。時空を隔てても私と神子は繋がっているから」
「ありがとう。白龍が呼びかけてくれなかったら、囚われてることも気づかなかったよ」
「妬けるね。姫君の迎えはオレの役目なのに」
「ほんと良かったよ~。結界解くのに少し時間がかかっちゃったからさ。不甲斐ないって朔に怒られて」
「白龍が繋がったって言った途端、リズ先生が九郎と斬り込んだのはさすがだったよな」
「ありがとうございます、先生」
「ああ」

仲間達に代わる代わる声をかけられ、それに答えながら、ほっと安堵が胸に広がる。
あの世界には確かに苦しみも悲しみも何もなかった。けれどもそれは望美だけで、大切な仲間達も同じではない。彼らに降りかかる運命をあの世界では切り拓けないのだから。
衣の上からそっと逆鱗に触れると、ほんわりと温かな熱が伝わる。

「神子?」
「何でもないです。敦盛さんもありがとうございました」
「いや、私は……」
「望美、今日は早めに邸に戻りましょう」
「今夜は先輩の希望の品にしますよ。何がいいですか?」
「お、ならシチューで」
「兄さんに聞いてないだろ」

変わらぬ兄弟のやり取りに笑みをこぼすと、それぞれの手を取る。
在りし日のように三人並ぶ姿は、けれどももういつも在るものではなくなってしまったから。

「行こう、将臣くん譲くん。シチュー楽しみにしてるね!」
「先輩がそう言うなら……」
「やり! サンキュー望美」

笑って絡めた腕を外すことのない二人を促して、仲間を振り返る。
大切なものを改めて胸に刻んで、望美は前を見据えた。
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