知り得た想い

白龍

力のない神と四神にも軽んじられ、本来守るべき神子に守られ、幼い人の子の姿しか保てない己が不甲斐なくて、神子を守れる力を得たいと、ずっとそう思っていた。
けれども手にした力は神子を守るどころか逆に苦しめてしまい、白龍は戸惑った。

「神子が扱う五行の力は本来、人が扱うには強すぎるもの。とりわけ白龍の神子は気の流れに馴染みやすく、それ故に影響を受けやすい。望美さんが今苦しんでいるのは白龍……君の力が強まったからです」

「私が神子を苦しめている? 私が力を取り戻したから……」

弁慶に突きつけられた事実は正しく、八葉や朔が彼女に近寄ってもその身を害すことはないのに、白龍が手の触れられる距離に近づいた途端、望美を激しい頭痛が苛んだ。
大切な神子を傷つけたくないのに、どうすれば彼女を苦しめないで済むのかがわからない。
それが己が新たに生まれ落ちて間もない、力のない龍神であることを知らしめて、白龍は目を閉じて項垂れた。

「――桃? よくこんな高価なものを手に入れられたな」

「姫君のためなら火の中水の中……ってね。疲れをいやすには甘いものがうってつけだろ?」

「ありがとう、ヒノエくん」

「……口の端に果汁がついていますよ? ふふ、君のように甘いですね」

「べ、弁慶さん! い、今、舐め……っ」

「弁慶殿。この子をからかわないでください。望美、この布巾を使いなさい」

「ありがとう、朔」

聞こえてきた賑わいに目を向けると、そこには彼の神子を取り囲み、楽し気に過ごす面々。
いつもならあの輪に加われるのに、今は彼らのように振る舞うことは出来ず、こうして遠くから見守ることしかできない。
チリ……、と胸に走った痛みとも違う疼きに、さらに戸惑いが増す。

「これはなんだろう……?」

人の身ならばそれが嫉妬の念だとわかったが、清らかな神である白龍には己の感じた思いさえわからない。
普段ならば望美にそれを問う事が出来た。
けれども今は叶わないことが悲しく、先程とはまた違った痛みが胸に広がる。

(神子と同じものになろうと人を模したが、やはり私は人と同じにはなれないのか……)

人ならば今、彼らと同じように望美の元に在れたし、彼女を苦しめることもなかった。
けれども自分は龍。
彼女の龍。
それでも――。

(あなた以外に特別な人はいない――)

自分の神子は彼女のみ。それは絶対。
ならばと、白龍は苦い痛みに胸に手を添え目の前の光景から視線をそらすと、邸の裏の林に足を向ける。
惹かれる想いは溢れ、止まることはなく、誰よりも神子の傍に在りたいと願うけど、自分の力が彼女を苦しめるのなら、力を抑える術を手にしなければならない。
再び彼女と共に在るために――。



「――そんなことを思っていたんだ」

雪の中、望美を抱きしめる白龍に微笑むと、遠い日々に思いを馳せる。
白龍が明かしてくれた思い出は、優しく望美の心をあたためてくれた。
だからこそ、望美もあの時言えなかったことを言おうと思った。

「私も白龍に隠していたことがあるんだよ。屋島の戦に勝った時、雪は水気で「終焉」を表すって教えてくれたでしょ?  戦が終われば白龍は力を完全に取り戻して龍の姿に戻る……別れることになるんだって思って悲しかったんだ」

「私はあなたの龍。あなたと離れることはないよ」

「違うよ、白龍。今は龍じゃなくて「人」でしょ?」

望美の願いを叶え、白龍はその身を神と人とに分けて彼女の傍に在ることを望んでくれた。
だから今、こうして彼とこの世界で過ごせている。

「そうだね。私はあなたの――特別な人。そうだね?」
「うん……」

嬉しそうに微笑んでくれる姿に頬が熱を孕む。
人となっても白龍のこうした純粋さは何も変わることはなく、望美は度々赤面するのだが、そんな彼が愛しいのだから仕方ない。

「あなたが私の神子になって、神の身では知りえなかった様々な想いを知った。あなたを愛しく思う想いも、焦がれる想いも――人を嫉む想いも」
「……私もだよ。白龍が私に教えてくれたんだよ」
「そうか。同じだね」
「うん……」

柔らかな抱擁は愛おしさが溢れていて、そっと腕に手を寄せるとその身に預けてぬくもりを移し合う。
世界を見守る龍だった彼は今、望美だけの龍となってここにいる。
それは許されないことだったかもしれないけれど、どうしても白龍と離れたくなかった。
だから同じく誓う。
彼の隣にいて、ずっと彼を愛し続けると。
誰より大切で、愛しい人だから――。

リクエスト【白龍√鎌倉で神子の調子が悪くなった後・八葉は触れられるのに白龍自身が神子に触れられないことへの嫉妬】
2018.10.2
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