「ねぇ、朔」
「なぁに?」
望美の呼びかけに、お茶を入れていた朔は、お盆の湯飲みを手渡しながら望美を見た。
「どうしてこの時代にはパンツがないのかな~?」
「パンツ?」
「あ~……えっと、下着のことなんだけど」
「下着なら着てるわよ?」
「それじゃなくて……」
京では望美がいた世界のような下着ではなく、男女ともに小袖と呼ばれる白の着物を下着として着用していた。
だがパンツをはく事が当たり前の望美には、小袖はノーパン状態なわけでどうにも落ちつかなかった。
「そういえば、望美は毎日不思議な布を洗濯していたわね?」
「あれはパンツって言って、下にはく専用の下着なんだよ」
「上と下に分かれているの?」
「うん」
頷いて、目立たない場所に干しているブラジャーとパンツを指差す。
「あっちの紐がついてるのがブラジャーで、こっちの三角のがパンツっていうの」
「あんな小さなものの方が、私には恥ずかしいわ」
干されてる洗濯物を見て、朔は顔を赤らめる。
ブラジャーやパンツはいわば未知なる物“オーパーツ”なわけで、朔の反応は至極当然なのだが、望美は真剣に悩んでいた。
突然こちらの世界に連れてこられたので、当然下着の替えなどあるはずもなく。
毎日一生懸命洗っているのだが、この前の将臣と弁慶に見られた一件で、不用意に外に干すことが出来なくなってしまったのである。
「う~ん、この際自分で作っちゃおうかな~?」
「手伝いましょうか?」
頭を悩ます望美に、決して器用でないことを知っている朔が協力を申し出る。
家にある布を切ってあっという間に形を作っていく朔に、望美は歓喜の声を上げた。
「でも、これはどうすればいいかしら?」
朔が困っているのはゴムの部分。
ゴムなどこの世界にはないので、望美はしばし考えた後に、ある下着を思い出した。
「だったら、この横に紐をつけてもらえるかな?」
それは望美の世界で“紐パン”と言われるセクシーランジェリーで、普段ならば絶対に着ることのない代物なのだが、背に腹は代えられず妥協した。
望美に言われるままに縫うと、立派な“紐パン”が完成する。
「ありがとう、朔! これで毎日洗濯に追われないですむよ~!」
「ふふ、どういたしまして。毎日使うものなら、もう少し作っておきましょうか?」
「そうしてくれると助かる!」
大喜びする望美に、朔が同様の形を数枚作る。
「何をしてるんですか?」
二人の楽しげな様子に、夕飯の仕込が終わった譲が覗き込むと、望美は慌てて布を隠した。
「な、なんでもないの!」
「なんでもないって様子じゃありませんけど……」
「本当になんでもないから!」
あからさまに後ろ手で何かを隠しているのだが、望美が顔を真っ赤に染めて必死に否定するので、譲は大人しく引き下がった。
「神子、何を持ってるの?」
とことこと望美の元にやってきた白龍は不思議そうに彼女の手から布を奪うと、それを目の前で広げてみせた。
「あ~! 白龍ダメ~!!」
「……!!」
慌てる望美と、広げられたものに赤面する譲。
同じ世界からやってきた譲は、それが何であるのか当然分かった。分かってしまった。
「神子、これはなに?」
「そ、それは……」
無垢な瞳で問われて、望美は困ってしまう。
譲の手前、下着と答えるのも恥ずかしく、しかしこのままかかげられているのも耐えられない。
「あ、あとで教えてあげるから、今は返してくれる?」
「はぁ~い」
素直に望美に手渡す白龍に、望美が安堵のため息を漏らした。
「……譲くん。今のこと、みんなには内緒にしてね?」
「は、はい」
恥ずかしそうに上目遣いで見られ、譲の方も視線をそらしてしまう。
望美の心理を理解しながらも、あの大胆な下着をはくのかとあらぬ想像が浮かんでしまう。
「あれ~? 何してるの? 望美ちゃんも譲くんも、顔真っ赤だよ」
いつものようににこにこと微笑みながら現れた景時に、二人はさらに顔を赤らめた。
「な、なんでもないです。ねぇ? 譲くん?」
「は、はい」
話を振られて、譲も慌てて同意する。
そうして二人は慌ててその場を去っていく。
「どうしたの? あの二人」
「さぁ? どうしたのかしら」
不思議そうに首を傾げる景時に、朔はくすっと笑みをこぼした。