重なる未来

リズ望2

「先生、こっちです!」
「神子、慌てては危険だ」
前を指差し、嬉しそうに振り返った望美に、リズヴァーンが注意を促す。
迷宮を解き、望美の世界に残って2日。
望美の学校が始まり、会う時間が限られるようになった2人にとって、今日は一日中一緒に過ごすことの出来る大切な日であった。

「大丈夫ですよ! ……って、あわわわっ!!」
言った傍から岩場で足を滑らせた望美を、リズヴァーンがぐいっと己の胸に引き寄せる。

「……神子」
「ご、ごめんなさい」
「怪我がないのであればいい。だが、岩場は足元が不安定だ。気をつけるにこしたことはない」
「はい、わかりました」
素直に頷くと、ちょっと照れくさそうに望美が指を絡めた。

「これなら転びそうになっても大丈夫ですよね?」
「神子が望むのであれば」
いいですか? と目で問われ、リズヴァーンが優しく頷く。
掌に伝わる暖かな温もり。
それはリズヴァーンがずっと欲していたもの。

あの日、幼い自分を救った望美の目の前で時空移動してから、彼女はずっと焦がれていた存在だった。
ただ見守るだけでいいと、そう言い聞かせ、何度も巡った時空で望美が幸せに過ごせる道を模索した。
何度も何度も彼女の死を目にしながら、それでも必死に違う運命を求め、一人時空をさまよった日々。
その果てに得たのが、誰よりも愛しい少女と想いを交わし、こうして寄り添える未来であった。

「ここでまた釣りをしたいのか?」
それならば道具が必要かと思いをめぐらせるリズヴァーンに、望美が慌てて首を振る。

「違います。今日は釣りをしに来たんじゃなくて、先生と海を見たいなぁと思っただけなんです」
「そうか」
望美の返答に引き返しかけていた足を元に戻す。

「この海があの世界に繋がっていたら良かったのになぁ」
望美の呟きに、リズヴァーンが目を細める。
望美が言う世界とは、彼が生まれ育ったこことは異なる世界であった。

「皆に会いたいのか?」
「え? それは会えたら嬉しいですけど。でも、今はみんなのことを考えていたんじゃありませんよ。この海が繋がっていたら、先生の故郷にも行けたのにって、そう思ったんです」
望美の答えに、リズヴァーンが瞳を大きく見開く。

「先生は私のわがままを叶えて、この世界に残ってくれたでしょう? でも、やっぱり自分の故郷を懐かしいって、そう思うだろうから」
それは望美自身、白龍によって突然異世界へと連れて行かれたからこそ、分かる心情であった。

「私はこの世界に残ることを後悔してはいない。だから、神子が気に病む必要はない」
リズヴァーンの言葉に、望美が寂しげに微笑む。
それはリズヴァーンの本心であったのだが、故郷を懐かしむ気持ちは捨てきれぬものだと、望美は思うのだろう。

「あ! 私、先生にお聞きしたいことがあったんです」
「なんだ?」
突然表情の変わった望美に、しかしリズヴァーンは動じることなく先を促す。

「あの、先生が生まれた日っていつですか?」
「私が生まれた、日?」
思いがけない質問に、リズヴァーンが再度瞠目する。

「えっと、私の世界では誕生日っていって、それぞれ個人の誕生日を親しい人でお祝いするんです。だから、先生の誕生日は私が祝ってあげたいなって、そう思って」
「……睦月9日だ」


「睦月って……今月のしかも今日じゃないですか!?」

「そうだな」

リズヴァーンの答えに、望美があわあわと慌てだす。

「先生、行きましょう!」
「神子?」
「今からじゃ限られちゃうけど、誕生日のお祝いをするんです」

リズヴァーンの手を引きながら、望美はめまぐるしく本日の予定を構成し直す。
まずはプレゼントを見に行って、その後はケーキを買ってなどなど。
一人ぶつぶつと呟き、頭を回転させている望美に、リズヴァーンが立ち止まった。
と、手を繋いでいた望美も必然引かれ、リズヴァーンの胸に背中ごと倒れこむ。

「先生?」
「祝いは不要だ」
「ダメです! 私が祝いたいんです!!」
「神子」
ムキになって反論する望美を、リズヴァーンが優しく諭す。

「祝うのに物は必要ない。お前がいればそれで十分だ」
「でも……っ!」
なおも言い募ろうとするが、穏やかな青の瞳に口をつぐむ。

「じゃあ――お誕生日おめでとうございます、先生」

「神子?」

「先生と出会えて、私は本当に幸せです。だから、生まれてきてくれてありがとう!」

眩い笑顔と共に送られた言祝ぎに、リズヴァーンが口元を手で覆う。

「先生?」
不思議そうに目を瞬く望美に、しかしリズヴァーンは顔を上げることが出来なかった。
鬼に生まれ、ずっとその存在を疎まれていた。
だがそれは、過去の変えられぬ出来事ゆえと、そう諦めありのままに受け止め生きてきた。
図らずも親兄弟と離れ、再び故郷を訪れた時には廃墟と化し、天涯孤独の身となったリズヴァーン。
それでも彼が生きていたのは、望美に会うため。
会って、彼女を守るためだった。

「先生? 具合でも悪いんですか?」
心配そうに覗き込む望美に、リズヴァーンは心を落ち着かせると顔をあげて微笑んだ。

「大丈夫だ。ありがとう――望美」
「せん、せい?」
初めて名で呼ばれ、望美が驚き見上げる。

「お前の言祝ぎが何よりの贈り物だ」
リズヴァーンの顔に浮かんだ笑みは本当に幸せそうで。
望美の顔が綻んでいく。 誰よりも好きで、大切。

「先生、大好きです」
「私もだ」
大きな腕に抱かれて、望美は幸せそうに瞳を閉じた。
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