望美の手作り

譲望1

「譲くん! 一生のお願い!!」
訪ねてきたと思ったら、開口一番のお願いに、譲は驚き彼女を見た。

「どうしたんですか? 何かあったんですか?」
「ううん、そうじゃなくて……その……譲くんに教えてもらいたいの」
自分の勢いに今さらながら照れると、望美は言いにくそうに譲を上目がちに覗き込む。

「教えてって……何をですか? また宿題で分からないところでもあったんですか?」

「そうじゃなくて……その……お菓子の作り方をね」

「お菓子の作り方?」

唐突な内容に、譲が驚くのも無理はない。
望美は今まで、料理というものを全くしたことがなかった。
いや、正確に言えば少しはあるが、もともと落ち着いて家の中で一つごとに熱中するタイプではないので、料理にそれほど関心を持ったことがなかったのである。

「どうしてお菓子を作りたいんですか?」

「せっかくみんながこっちに来てくれてるし、
今までいっぱいお世話になったから何かお礼したいな、って。
でもお金もあんまりないし、あの人数全員に何か買うのも無理だから……それで何か作ってあげられないかな~と思ったの」

望美の言葉に、譲はあぁとようやく納得する。
今、譲の家には居候が8人いた。
それは異世界からきた、共に戦った仲間達。
望美は彼らへのお礼に、お菓子を思いついたのだ。

「教えるのは構いませんが、何がいいですかね?」

「その……出来るだけ簡単なのがいいんだけど……」

「それじゃクッキーにしましょうか? 彼らの世界にはないものですし、かき混ぜて型を抜くか搾り出すだけだから、初めてでも結構うまく出来ると思いますよ?」

「うん! クッキーの作り方教えて! 譲くん!!」

瞳を輝かせて懇願する望美に、譲ははいと微笑んだ。

 * *

「まずはバターを溶かして……ああ、砕いちゃダメですよ。押しつぶすんでもなくて、しばらく置いて室温で自然に溶かすんです」

「へ~。自然に溶けるんだ」

「その間に小麦粉をふるっておきましょうか。
ふるい器の上から小麦粉を入れて……うわっ! 先輩、入れすぎです!!」

「え? ご、ごめん」
まるで幼子に教えるように、一つ一つの動作をこと細かく指示する譲に、望美が必死に従う。
そんな望美の真剣な様子に、譲の瞳が優しく揺れる。

「よし、混ぜ合わせられましたね。それじゃ、袋に入れて少し冷蔵庫に寝かせましょう」

「え? すぐに型抜きするんじゃないの?」

「クッキーはこねすぎると柔らかくなりすぎて、型が抜けないんです。だから30分ぐらい冷蔵庫に寝かせるんですよ」

「そうなんだ」

譲の言うことに、尊敬のまなざしをむけ頷く望美。

「じゃあ、その間少しお茶でもしましょうか。先輩、紅茶でいいですか?」

「うん! 譲くんが入れてくれる紅茶ってすごく美味しいから大好き!」

子供のように無邪気に喜びを表す望美に、譲は照れくさそうに眼鏡を直しながらお茶の支度を始めた。
最近では景時がすっかりコーヒーに嵌ってしまったため、紅茶を飲む機会も少なくなっていた。
譲自身はどちらも好きであったが、望美はころころとその日の気分で飲みたい物が変わるので、確認が必要なのだ。
ふわりと、紅茶の良い香りが望美の鼻に届く。

「いい香り……これ、お花の香りがするね」
「ええ、先日買い物に行ったときに見つけたんです。先輩、こういう香り好きでしょう?」
「うん!」
ご機嫌で紅茶を口に運ぶ望美に、譲の顔がほころぶ。
望美の笑顔を見ていると、譲も幸せな気持ちになれた。

「今のがうまくいったら、今度は紅茶の葉を混ぜた生地のも作ってみましょうか」

「え? そんなことも出来るの!?」

「ええ、少し細かくしてから混ぜると、良い香りのクッキーになるんですよ」

「作りたい! この紅茶の葉使ってもいい?」

「ええ、もちろん」

望美のために買った紅茶なのだから、彼女がこうして喜んでくれれば本望だった。

「出来た~!」
オーブンから天板を取り出すと、キツネ色にこんがりと焼きあがったクッキーに、望美が歓喜の声をあげた。
譲の丁寧な教え方で型抜きも綺麗に出来て、星や花など色んな形のクッキーが出来上がった。

「星は敦盛さんで、熊は将臣くんで……九郎さんは木がいいかな? それと……」
前に焼き上げたプレーンのものと、先ほどの紅茶の葉を加えたものとを並べ、形ごとにまとめて小さな箱へと移していく。
そうして全てのクッキーを箱に詰め、譲に手伝ってもらいながら包装紙で包み終えると、可愛らしい10個の贈り物が完成した。

「ありがとう! 譲くん」
満面の笑顔を向けられ、譲が照れくさそうに微笑み返す。

「じゃあ、これは譲くんに。なんか教えてもらったのをあげるのも変だけど……」

「いえ……ありがとうございます。嬉しいですよ」

差し出された淡い緑色の包装紙に包まれた箱に、譲が顔をほころばす。
望美が作ってくれた……それだけで譲には十分嬉しい贈り物だった。

「それと……はい!」
ポケットを探ったかと思うと、望美は一粒のチョコの包みをはがし、譲の口へとつまみいれた。

「せ、先輩!?」
「今日はありがとうね! これは今日のお礼」
にっこり微笑む望美に、譲の顔が赤く染まる。

「その……ありがとうございます」
照れくさそうに顔を横に背けながら、譲は口の中のチョコを味わう。
それは今まで食べたチョコの中で、一番甘い味がした。
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