嫉妬

譲望2

「譲くん!」
いつもの待ち合わせ場所である喫茶店につくと、本から視線を望美に移した譲が微笑む。
譲が無事合格して大学に進学してもうすぐ一年。
初めて別々の学校に通うようになった2人だったが、時間を見つけてはこうして待ち合わせてデートを重ねていた。

「今日はどれにしようかな」
「新しいケーキが入ったようですよ」
「え? 本当? じゃあ、それにしよう。譲くんは紅茶だけでいいの?」
「はい」
譲の前に並んだティーカップを確認すると、新作ケーキと紅茶を注文し、改めて向き合った。

「……はい」
「ありがとうございます」
望美が手渡したのは、手作りのチョコレート。
今日のバレンタインに向け猛練習し、なんとか満足する出来ものものができたのだ。

「譲くんの作るものにはかなわないけど、美味しいと思ってもらえると嬉しいな」

「そんなことありませんよ。先輩、最近料理の腕も上がってきたじゃないですか」

「それは丁寧に教えてくれる譲くんのおかげ。ありがとう」

「こちらこそ、ありがとうございます。大切に食べさせてもらいます」

宝物のように箱を握りしめる譲に微笑んで、ちらっとカバンに目を向ける。

「……他の女の子からもらってないの?」
「はい。断りました。俺には付き合っている人がいるからって」

譲の言葉に、今日一日胸に居座っていた重いものが崩れ去って。知らず安堵の息が漏れる。
大学に進学してから譲はコンタクトにかえたのだが、それでさらに魅力が増したようで女子から声をかけられることもぐっと増えていた。
譲が自分を裏切るようなことはないと信じていても、それでも嫉妬心は起きるもので、望美はいつも心配していた。
――同じ学校を選ばなかったことを、密かに後悔するぐらいに。

「俺が……」
「……あれ? 春日さん?」
譲が何か言いかけた瞬間、それを遮った男の声。
見上げると、そこには同じ年ぐらいの男が立っていて、望美を見つめていた。

「池谷くん。偶然だね」

「ほんとほんと。ここ、大学から近いもんな。……ってあれ? もしかして、春日さんの彼氏?」

「うん」

驚く池谷に、迷うことなく頷く望美に顔を赤らめて。
以前、癖となっていた眼鏡を押し上げる仕草をしてから、軽く会釈した。

「……有川譲です」

「見かけない顔だな……君、もしかして違う大学? そうか、だから春日さんは誰にもなびかないのか」

「え?」

望美の同級生だという池谷の口にした言葉に譲が反応すると、笑いながら話を続けた。

「彼女、可愛いだろ? うちの学校でも一、二を争うぐらいでさ。色んな男が声をかけるんだけど、誰ひとりとして振り向かないんだよね。
でもこんなかっこいい彼氏がいたんじゃ当然か」

「うん」

「うわ、惚気られたよ」

まるで相手にしていない望美に苦笑すると、じゃあと立ち去る池谷に、譲は何とも言えない苦い思いを抱えた。

「今の人は……」

「池谷くんって言って、同じ大学の二年生。取ってる講義が同じなことが多くて、自然と話す機会ができて仲良くなったの」

「そう、ですか」

「そういえば、さっき何か言いかけてなかった?」

「いえ」

望美の問いに言葉を濁すと、譲は少し冷めてきた紅茶を口に運ぶ。
そうして望美がケーキを食べ終えるのを待って店を出た2人は、イルミネーションに彩られた道を歩きだした。

「綺麗だね。最近はクリスマスだけじゃなく、バレンタインもイルミネーション飾ってあるから、見ていて楽しくなっちゃうね」

「先輩、時間大丈夫ですか?」

「うん。今日はバイトもないから大丈夫だよ」

「……じゃあ、もう少しだけ付き合ってもらえますか」

繋いだ指先に少しだけ強くなった力に頷くと、譲につれられるままイルミネーションの中を歩いていく。
たどりついたのは公園。
先程までの街の賑やかな喧騒から少し離れた静かなたたずまいに、譲をそっと見上げた。
喫茶店を出る頃から口数が減った譲。
何か彼の機嫌を損ねるようなことをしただろうかと、望美はずっと気がかりだった。

「譲くん、私何か気に障ることでも言った?」
「先輩……すみません、そうじゃないんです」
眉を下げる譲に、問うようにじっと見つめると、目線が地に落ちる。

「……先程の男の人が言っていたことは本当ですか?」
「さっきのって……池谷くんのこと?」
「はい」
譲が池谷の話した何を問うているのかがわからずにいると、譲の眉が苦しげに歪む。

「……何度も学校で告白されていた、って」
「あ、うん。でもみんな断ったよ」
「どうして俺に言ってくれなかったんですか?」
「譲くん?」
「ずっと不安だったんです。あなたは魅力的な人だから、周りが放っておかないことはわかっていましたから。だけど、あんなふうに言われたら余計に不安になって……っ」

苦しげに紡がれる言葉に、望美は譲が嫉妬していたことに気がついた。
と、同時に胸があたたかくなる。

「……私が譲くんの学校を案内してもらった時のこと、覚えてる?」

「……え? あ、はい」

「私もね、ずっと心配だった。譲くんはカッコいいから、女の子がほっとかないって」

「そんなの……全然心配いらないですよ」

「うん。譲くんを疑ってるわけじゃないの。でも、やっぱり譲くんのまわりに女の子がいっぱい群がってるところを想像しちゃうと、胸がもやっとしてた」

「先輩……」

驚いている譲に微笑むと、繋いだ手をぎゅっと握りしめる。

「私、譲くんが好き。誰よりもかっこよくて、お料理も上手で優しい譲くんが好き」

「……あなたには本当にかないませんね。一言で俺の胸に巣食っていた醜い嫉妬を消してしまうんですから」

苦笑すると望美を抱き寄せて。
ぎゅっと腕の中に囲い込む。

「俺はあなたが好きです。ただひとり、あなただけを……」

あの日、思って言えなかった言葉を口にすると、細い腕が背中にのびて。
抱きしめ返す優しい腕に、譲はしばらく抱きしめ続けた。
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