あなたの幸せを願うから

朔1

「朔ー、帯が結べないよー」
「はいはい」
「朔ー」
「はいはい」
いつものように、対の神子の世話を甲斐甲斐しく見ている朔に、将臣が苦笑を浮かべた。

「あんまりあいつを甘やかさない方がいいぜ?」

彼の弟も、朔同様に望美に甘い。
その姿は献身的ともいえる程で。
三年ぶりに見る日常風景にプラスされた彼女の存在を、将臣は懐かしさを感じながら見つめていた。

「でもあなたたちの世界では、着物を着ないのでしょう?」
「まあ、そうだけどよ」
なら、帯や髪の結わい紐が上手く出来なくても仕方ない、と言外に告げる朔に、将臣は肩をすくめた。

「そんなの、やらせりゃそのうち覚えるだろ?」
「女人の身だしなみは大切なのよ」
望美に任せたら、それこそどんな着付けをするのやら。
真面目に心配している朔に、将臣は笑いながら立ち上がった。

「あいつをよろしくな」
「将臣殿?」
「ちょっと出かけてくる」

少し前に加わったこの望美の幼馴染は、一人でふらりといなくなることも多く、朔は顔を曇らせた。
将臣と再会した時の望美の喜び。
過酷な戦場に身を置くことになった心優しき対を、これ以上悲しませたくはなかった。

「……将臣殿。いつ頃戻られますか?」
「夕飯までには戻ってくるぜ。せっかく譲の上手い飯が食えるんだからな」
にやりと笑うと、俺の分も作るよう譲に伝えてくれと言い残して出かけていく。

今までどこで何をしていたのか、それを決して将臣は語ろうとはしなかった。
そのことはいらぬ猜疑を招きそうなのだが、望美や譲は彼はそういう人だと、別段気に留めていないようで、朔も敢えて気にしないようにしていた。

「どうか……望美がこれ以上悲しむことがないよう……」
願いが思わず口をつき、朔はきゅっと口をつぐむ。

「朔ー?」
「はいはい」
呼びかけに応じて立ち上がると、大切な対の元へと歩いていく。
どうか彼女が幸せでありますようにと祈りながら――。
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