もう一度出逢える日まで

桃芽3

翌朝目を覚ますと、出かけるぞと音二郎さんに連れていかれたのは今度芝居をするという明治座で、その大きさに驚いていると「ほら行くぞ」と肩を抱かれ中へ促される。

「今日からこいつが雑用を手伝ってくれる。皆、よろしく頼むな」

座長の音二郎さんの説明に、団員たちは特に咎めることもなく了承してくれた。頼まれた仕事は置屋にいた頃とさして変わらず繕い物や掃除が中心で、見慣れない小道具などに驚きながらも淡々と仕事をこなす。今は何も考えたくなかったから、騒がしい場も与えられた仕事もありがたかった。
そうして賑やかに日々を過ごす中である日、舞台の音二郎さんに呼ばれて繕い物の手を止める。

「芽衣、ちょっと相手役頼めるか?」
「私、お芝居なんて出来ませんよ?」
「ああ、別にお前に玄人はだしの演技なんざ期待してねえからよ。ただ掛け合いの台詞の相手がいねえと気分が出ねえんだよ」

そう言われたら嫌だとは言えなくて、居候させてもらっている身では断る権利もなく、ただ音二郎さんに合わせて練習を手伝う。

(音二郎さんはやっぱり上手だな……)

私の拙い相手役でも自分の役を崩すことなく演技する姿はさすが人気俳優というところで、手伝いの合間に時折見ていた練習風景でも彼は一際輝いていた。

「おい、次どうした?」
「あ、すみません! えと……」
「なんだなんだ、俺に見惚れてやがったのか?」
「その……はい」

茶化した問いかけに、けれども真実なので素直に認めると、音二郎さんが照れくさそうに視線を反らす。

「……ったく、そんな可愛いこといってんじゃねえよ」
「音二郎さん?」
「なんでもねえ。ほら、続けるぞ」

台本を指差されて場所を確認すると、音二郎さんに合わせて台詞を言う。
少しでも役にたてたらと、今度はしっかり意識を集中させた。

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