もう一度出逢える日まで

桃芽3

「……そうか。岩崎が結婚することを聞いたのか」

音二郎さんは自分の家に連れていってくれると、泣きじゃくる私の話を根気よく聞いてくれた。それにこくりと頷くと、俯き涙を溢れさせる。

「私、何も考えてなくて……ただ桃介さんに会いたいって、それしか考えてなかった……」

別れてから流れた時間がすでに取り戻せないものだと、現実を目にして初めて気づいて、ただ泣くことしか出来なかった。

「……あいつも、しばらくは断っていたんだぜ。お前のことが忘れられないからってさ。けど、そうこうしているうちに福澤先生の娘さんが体調を崩してな。岩崎を慕うあまりにって福澤先生も胸を痛めて、再三の説得に応じざる得なかったんだ」

元々桃介さんには福澤先生の娘さんとの縁談話があったことは聞いていた。けれども私が彼と出会ったことでその話は断ったと、そこまでが知っていることだった。

「お前、岩崎と会ったのか?」

問いかけにふるふると首を振ると、慶應義塾での出来事を伝える。それを聞いた音二郎さんは黙りこむと、ぽんっと優しく頭を撫でた。

「お前、行くとこあるのか? もしないならよかったら俺の手伝いしてくれねえか?」
「手伝い、ですか?」
「ああ。資金も十分にたまって、役者一本でやり始めようとしていたところなんだ。だからお前を置屋に戻しても、もう世話してやれないからな。お前さえよければ劇団の手伝いを頼みてえんだ」

それで連れて来られたのが置屋ではなかったのだと現状を理解するも、頷いていいのか迷ってしまう。
行くところなどどこにもないが、音二郎さんにまた頼ってしまうのは迷惑なんじゃないだろうか。そんな考えを読んだのだろう、がしがしと撫でると「余計な気をまわしてんじゃねえよ」と微笑んでくれる音二郎さんの手の温もりにまた涙が溢れて来る。
そんな私に「ほら、もう泣き止めよ」と顔を拭ってくれる優しい人に、今はただ甘えてしまいたかった。

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