「そんなことさせないわ!」
「あなたに何が出来るというんだ?」
じわじわと近寄る男達に、千尋は胸の前でぎゅっと手を握る。
今、手に武器はない。
身を守る術は何もない。
それでも、自分がアシュヴィンの命を脅かすことになることは出来なかった。
ちらりと男達の剣を見る。
突破することが無理ならば、道は一つ――。
千尋が決意を決めた瞬間、入り口からどやどやと人がなだれ込んできた。
「お前たち、我が后妃に何をしている?」
「アシュヴィン……?」
群がる武官の中から歩み出た紅の影に、千尋は瞳を見開いた。
「なぜ皇がここに……っ」
「帰りは明日じゃなかったのか!?」
動揺する男達に、アシュヴィンがふんっと鼻で笑う。
「捕らえた者からお前たちの陰謀を聞き出した。無駄な抵抗はやめて降伏しろ」
傲然と命ずるアシュヴィンに、男達は千尋を捕らえようと手を伸ばす。
その意図に気づいた千尋は、傍らの男の腕を掴んだ。
その姿に、アシュヴィンの脳裏に激しい警鐘が鳴り響く。
「まさか――千尋っ!!」
アシュヴィンの呼びかけに、一瞬振り返った千尋は微笑むと、剣の切っ先に己の身体を投げ出した。
「ひぃ……っ!!」
千尋の思いがけない行動に、男がひるむ。
失われた人質に叛徒の間に動揺が広がると、すかさず武官が動いた。
たかだか数人の叛徒は、人質とするはずだった皇妃を失い、あっけなく捕らわれた。
その捕物劇の中、アシュヴィンは地に倒れている千尋に駆け寄ると、その身体を抱き起こした。
紅に染まった胸からは、次々と血が溢れ、血だまりを作っていく。
「遠夜とエイカを呼べっ!! ――千尋!
しっかりしろっ!!」
素早く部下に命じながら、千尋を根宮へ運ぶ。
血の気が失われていく顔に焦燥する。
ずきずきと痛みを訴える頭に、アシュヴィンは眉をしかめた。
「く……っこんな時に何だと言うんだ!?」
イライラと吐き出すも、痛みはさらに増していく。
土蜘蛛の秘術を施す遠夜たちを見守りながら、アシュヴィンは脂汗を滲ます。
脳裏に浮かぶ空色の瞳。
強い意志を秘めたその瞳が、埋もれた記憶を揺れ動かす。
「あの瞳をした千尋を、俺はどこかで見たことが……っ」
靄を必死に払いのけようと、激しい痛みに抵抗する。
意識が遠のくほどの激痛に抗い、その先の真実を暴かんと強靭なる意志を示した瞬間、ぱりんと砕け散った。
と、急激に靄が消えていく。
「ちひ……ろ……」
目を見開き、呟くアシュヴィンの脳裏には、禍日神に掴まれた髪を自ら切り落とした千尋の姿。
あの時の強き瞳と、先程叛徒の剣に自ら身を投げ出した千尋の瞳が重なり合う。
「そう……だ。お前は美しい髪も――命さえも投げ出せる、そういう女だ」
躊躇いなく美しい金の髪を切り落とした。
そして今、人質となることを拒み、自らを剣に突き刺した。
――愛する自分を守るために。
→第9話を読む