あの日の約束を今ここで-8-

アシュ千17

「そんなことさせないわ!」
「あなたに何が出来るというんだ?」
じわじわと近寄る男達に、千尋は胸の前でぎゅっと手を握る。

今、手に武器はない。
身を守る術は何もない。
それでも、自分がアシュヴィンの命を脅かすことになることは出来なかった。
ちらりと男達の剣を見る。
突破することが無理ならば、道は一つ――。
千尋が決意を決めた瞬間、入り口からどやどやと人がなだれ込んできた。

「お前たち、我が后妃に何をしている?」
「アシュヴィン……?」
群がる武官の中から歩み出た紅の影に、千尋は瞳を見開いた。

「なぜ皇がここに……っ」
「帰りは明日じゃなかったのか!?」
動揺する男達に、アシュヴィンがふんっと鼻で笑う。

「捕らえた者からお前たちの陰謀を聞き出した。無駄な抵抗はやめて降伏しろ」

傲然と命ずるアシュヴィンに、男達は千尋を捕らえようと手を伸ばす。
その意図に気づいた千尋は、傍らの男の腕を掴んだ。
その姿に、アシュヴィンの脳裏に激しい警鐘が鳴り響く。

「まさか――千尋っ!!」
アシュヴィンの呼びかけに、一瞬振り返った千尋は微笑むと、剣の切っ先に己の身体を投げ出した。

「ひぃ……っ!!」

千尋の思いがけない行動に、男がひるむ。
失われた人質に叛徒の間に動揺が広がると、すかさず武官が動いた。
たかだか数人の叛徒は、人質とするはずだった皇妃を失い、あっけなく捕らわれた。
その捕物劇の中、アシュヴィンは地に倒れている千尋に駆け寄ると、その身体を抱き起こした。 紅に染まった胸からは、次々と血が溢れ、血だまりを作っていく。

「遠夜とエイカを呼べっ!! ――千尋!
しっかりしろっ!!」

素早く部下に命じながら、千尋を根宮へ運ぶ。
血の気が失われていく顔に焦燥する。
ずきずきと痛みを訴える頭に、アシュヴィンは眉をしかめた。

「く……っこんな時に何だと言うんだ!?」

イライラと吐き出すも、痛みはさらに増していく。
土蜘蛛の秘術を施す遠夜たちを見守りながら、アシュヴィンは脂汗を滲ます。
脳裏に浮かぶ空色の瞳。
強い意志を秘めたその瞳が、埋もれた記憶を揺れ動かす。

「あの瞳をした千尋を、俺はどこかで見たことが……っ」

靄を必死に払いのけようと、激しい痛みに抵抗する。
意識が遠のくほどの激痛に抗い、その先の真実を暴かんと強靭なる意志を示した瞬間、ぱりんと砕け散った。 と、急激に靄が消えていく。

「ちひ……ろ……」

目を見開き、呟くアシュヴィンの脳裏には、禍日神に掴まれた髪を自ら切り落とした千尋の姿。 あの時の強き瞳と、先程叛徒の剣に自ら身を投げ出した千尋の瞳が重なり合う。

「そう……だ。お前は美しい髪も――命さえも投げ出せる、そういう女だ」

躊躇いなく美しい金の髪を切り落とした。
そして今、人質となることを拒み、自らを剣に突き刺した。
――愛する自分を守るために。

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