最近、千尋が冷たい。
というより、何かに夢中になっていて、ちっとも構ってくれない状態に、アシュヴィンは不満を募らせていた。
「なあ、千尋」
「なぁに?」
声をかけるも、案の定顔はそのまま手元に固定されていて、アシュヴィンはムッと眉を寄せた。
「何をそんなに夢中になっている?」
「あ、引っ張っちゃダメっ!」
千尋の視線を独り占めする物体に手を伸ばせば、たちまち返る叱責。
「我が后殿は、夫よりもその物の方が大事と見える」
自分でも驚くほど、ぶすっとした声に、千尋が驚いたように顔を上げた。
多少バツが悪いものの、ようやく自分を映した空色の瞳に、アシュヴィンは憮然として問いかけた。
「ここ一週間、お前はずっとそれにかかりっきりだな」
「うん。リブに頼んで、毛糸をもらったから」
「毛糸?」
「これのことだよ。動物の毛を細く糸状にしたものなんだけど、この編み棒を使って編んでいくの」
見慣れぬ道具を興味深げに見つめるアシュヴィンに、千尋が実際にやってみせる。
「ほう……器用なもんだな」
「まだ違う世界にいた頃、風早や那岐に編んだりしてたから」
千尋の挙げた名に、アシュヴィンの片眉がぴくりと上がる。
それは、彼女が家族と慕うものたちだった。
アシュヴィンの顔が不快気に歪んだのに、しかし千尋は気づかずに、嬉しそうに話を続ける。
「風早はあげるとすっごく喜んでくれたんだけど、那岐は『ちくちくして肌触りが悪い』とか『重い』とか、文句ばっかり言うんだよ? せっかく編んであげたのに」
拗ねた響きと反して、その時の情景を思い出しているのだろう、嬉しそうな千尋に、アシュヴィンはおもむろにその唇を奪った。
「ア、アシュヴィンっ?」
「お前の唇から他の男の名が挙がるのは気に入らん」
驚き問えば、拗ねた響きが返ってきて。
千尋は瞳を丸くして、目の前の夫を見つめた。
「……何か不機嫌だよね?」
「ああ」
隠す気もないので素直に認めると、ますます千尋が瞠目する。
「もしかして……妬いてる?」
「…………」
その問いにはさすがに素直には頷けなくて、答える代わりに再び唇を重ね言葉を奪う。
「ん……っちょっ……ちょっと待ってっ!」
「待てないな」
一週間全く相手にされていない鬱憤は、もう限界で。
より深く味わおうとした唇を、千尋が必死に肩を押して避ける。
「ちょっと待って! アシュヴィン、何か誤解してないっ?」
「何が誤解なんだ?」
「これ……私が今作っているのは、アシュヴィンのマフラーなんだよ?」
慌てて言い募る千尋に、今度はアシュヴィンが瞠目した。
「俺の……マフラー?」
「首に巻くもので……ちょっとじっとして。こうして……」
千尋は編みかけのマフラーを手に取ると、そっとアシュヴィンの首に巻く。
「アシュヴィンは鎧が黒でしょ? だからベージュにしたの」
そういってにこやかに微笑む千尋に、アシュヴィンは呆然と首に巻かれた『マフラー』を見た。
それは中つ国の文官である道臣がつけているような、肩から首にかけて巻く布のようであったが、動物の毛から作られているせいか、とても暖かかった。
「もうすぐ12月25日……私がいた世界ではクリスマスって言って、神様の誕生日を祝う日だったの」
「神の生誕を祝うのと、これはどういう関係なんだ?」
「もともとは外国のお祭だったんだけど、私のいた国では本来の意味よりも、家族で一緒にご馳走を食べたり、贈り物を贈ったりする日だったから」
千尋の説明に、ああ、とアシュヴィンが納得する。
「つまりこれは、お前から俺への贈り物なんだな」
「うん」
頷く千尋に、先ほどまでの棘々した気持ちがスッと解けていく。
「ごめんね。あんまり日にちがなかったし、久しぶりで編み方忘れちゃって、時間かかっちゃって……」
だから構えなかったのだと、謝罪する千尋に、アシュヴィンはその身を抱き寄せ、愛しげに口づける。
「いや……ありがとうな。千尋」
彼女のように暖かなマフラーに、アシュヴィンは心が満たされるのを感じながら、もう一度唇を重ねた。