結局叛徒鎮圧へアシュヴィンが向かうのを止められなかった千尋は、根宮で落ち着かない日々を過ごしていた。
アシュヴィンなら大丈夫という思いと、それでも拭えない不安。
祈るような気持ちで、千尋はアシュヴィンの帰りを願った。
「明日、皇がお戻りになります」
文官のもたらした報告に、千尋は1週間ぶりの笑顔を浮かべた。
「叛徒は鎮圧出来たの?」
「はい。皇自らの指揮で、あっという間に首謀者を捕らえ、3日で完全に鎮圧されたとのことです」
「アシュヴィンは無事よね?」
「はい。かすり傷一つ負われてはいません」
「そう……良かった」
あの日の悪夢が再び起こらなかったことに、ホッと胸を撫で下ろす。
一通りの報告を聞き終えると、千尋は碧の斎庭へ足を向けた。
さわさわと風に揺れる花々の音が、千尋の胸に巣くった不安を癒していく。
「明日はちゃんと笑顔で迎えなきゃ」
1週間前の、アシュヴィンが鎮圧に向かう前日の出来事が脳裏に浮かぶ。
心配のあまり涙を浮かべた千尋に向けられた、アシュヴィンの侮蔑の眼差し。
それは棘となって今でも千尋の胸を痛めていた。
アシュヴィンが無事でいてくれることが嬉しい。
でも、帰って来た彼に会うのが怖かった。
またあの冷ややかな眼差しを向けられたら……そう思うと気が沈んでいく。
「ダメだなぁ……」
呟きとともにため息が漏れる。
アシュヴィンが怪我を負ったあの日から、どうにも精神が弱くなってしまっていた。
「アシュヴィンは王族としての意識をいつも重んじてたものね」
結婚する前も今も、アシュヴィンは自分が王族であるということを常に意識し、行動していた。
だからこそ、自分の后妃である千尋にもあのような厳しいことを言ったのである。
それでも――。
「アシュヴィンに以前のように愛されてたなら、私も強くいられるのにな」
常世の国で、一人だけアシュヴィンの記憶にないことが辛かった。
寝室もいまだに別。
毎夜抱きしめられていたぬくもりが恋しかった。
「アシュヴィン……」
自身を抱きしめて、千尋は愛しい人の名を呼ぶ。
と、乱雑に草が踏みしめられる音が響いたと同時に、千尋を男達が取り囲んだ。
武官の服を纏っていたが、見知らぬその面々に千尋は顔を強張らせる。
「――あなたたちは何者です?」
「我らは新皇に反旗を翻すもの。皇妃、あなたは我らの交渉材料となってもらう」
「交渉材料?」
男達の言葉に、血の気が引いていく。
彼らが欲求するもの――それはアシュヴィンの命。
彼を殺すために自分を人質にしようとしている事実に、千尋は唇を噛み締めた。
「そんなことはさせないわ!」
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