「暴動?」
リブからお茶を受け取りながら、千尋は眉をしかめた。
「はい。新皇へ反旗を翻した者が、辺境の村で暴動を起こしていまして」
「……それってこの前の?」
「同じ者でしょうね」
リブの言葉に、つきんと胸の奥の痛みが甦る。
それは一週間ほど前、アシュヴィンと千尋が視察に訪れた際、襲われた辺りだった。
「兵が鎮圧に乗り出しているのですが、逃れるのがうまいらしく……」
「まだ首謀者は捕まっていないのね」
「はい」
「ならば俺が行こう」
顔を曇らせる二人の間に、凛とした声が割って入る。
「アシュヴィン!?」
「叛徒の鎮圧に手間取ったとあれば民の信頼が揺らぐ。リブ、明日には出発できるようにしろ」
「は、はい」
「待って! あなたはまだ……っ」
「傷ならもう塞がっている。何も支障はない」
制止を振り切るアシュヴィンに、千尋の胸を言いようのない不安が覆う。
「だめっ! また襲われたらどうするの!?」
「だからその者達を捕らえに行こうと言っているんだ」
必死に止める千尋に、アシュヴィンが侮蔑を露わにする。
確かに反旗を翻すものをのさばらせることは、国の威厳にかかわるだろう。
しかし、傷を負ったあの場所にアシュヴィンが赴くことは、千尋にはどうしても不安だった。
涙を浮かべ、唇を噛み締める千尋に、アシュヴィンは苛ただしげに顔を歪めると、マントを翻した。
「戦いに赴く夫にそんな辛気臭い顔を見せるな。士気が下がるだろう? 一国の妃ならば、人前で安易に涙など見せるな」
投げつけられた言葉が千尋の胸をえぐる。
遠ざかる足音に、リブは気遣わしげに千尋を見つめるが、慌ててアシュヴィンの後を追いかけていく。
一人残された千尋は、ぎゅっと胸の前で手を握り締めた。
先程のアシュヴィンの言葉に、以前の出来事を思い出す。
それは結婚が決まって常世の国に来て間もない頃。
先皇を倒さんとアシュヴィンは休む間もなく動き回っていた。
そんな彼を心配した千尋に、アシュヴィンは顔をしかめ先程と同様のことを口にしたのである。
「心配ぐらい……するわよ……だって私は……っ」
千尋の瞳から涙が零れ落ちる。
アシュヴィンの言うことは分かる。
皇として、不用意に涙を見せた后妃を注意するのは当然だった。
それでも、あの言葉は互いの心がわからなかったあの頃の二人に逆戻りしていることを示していた。
「アシュヴィンは……やっぱりアシュヴィンだね」
碧の斎庭で口にした言葉。
なのに同じ響きでも、そこにこもった感情は全く違っていた。
「どうやったら戻れるの……?」
一度は抜けたと思えた迷路に、再び迷い込んだ瞬間だった。
→第7話を読む