あの日の約束を今ここで-2-

アシュ千17

ゆっくりと瞼が開いて、空色の瞳が天井を映す。

「や、気づかれましたか?」
目覚めたばかりで靄がかっていた頭は、リブの声で一気に覚醒した。
がばっと寝台から身を起こした千尋は、傍らに立つリブを見上げた。

「アシュヴィンは!?」
「皇には今、ナーサティヤ様が付き添われています。つい先程まで、怪我を負われた経緯とこれまでのことをご説明申し上げていました」
気を失う前の出来事を思い出し、千尋は蒼い顔でリブに問う。

「……アシュヴィンはなんて?」
「最後までお聞きになられた後、『思い出せんな』と……」
「…………」
千尋を庇い、頭を負傷したアシュヴィン。
傷自体は大したものではなかったようだが、受けた衝撃で記憶を喪失してしまったのだ。

「アシュヴィンはどれぐらいまで覚えているの?」

「……あなた様にお会いする以前、まだ皇子であられた頃です」

リブの言葉に、千尋が衝撃を受ける。
それはつまり、千尋の存在全てを忘れてしまったということだった。

「遠夜を呼んでもらえる?」
「皇妃?」
「アシュヴィンの病状でいくつか確認したいことがあるの」
蒼白な表情で、それでも毅然と話す千尋に、リブは首を垂れて遠夜を呼びに行く。
一人残された千尋は、声を殺しシーツに涙を落した。

 * *

「遠夜、アシュヴィンの記憶は戻るの?」

『わからない……一時的なものだと思うが、いつ戻るかはわからない』

「そう……」

遠夜の返答に、千尋が顔を曇らせ俯く。
予想していた答えだったが、やはりショックは隠せなかった。

『神子……』
「アシュヴィンが落ち着くまでは、私とは会わないでいた方がいいわよね?」
「皇妃!?」
千尋の言葉にリブが驚く。

「アシュヴィンは今、記憶を失って私を忘れてしまってるわ。急にあなたの妃よと言っても困惑
するだろうし、刺激を与えて余計な苦痛を与えたくないの。だから、しばらくは会わないようにした方がいいと思うの」

「や、そうですが……」

気遣わしげに見つめるリブに、千尋がそっと笑顔を見せる。

「とりあえずは今後のことを話し合わなくちゃ。会議の準備をお願いできる?」
「大丈夫ですか?」
「ええ」
辛いはずなのに毅然と振舞う千尋に、リブは己の不甲斐なさに内心で歯ぎしりすると、部屋を出て行く。

『神子、休んだ方がいい。神子の心が悲鳴を上げている……』
「ありがとう、遠夜」
気遣ってくれる遠夜に笑顔を返すと、千尋はそっと瞳を閉じた。

胸に開いた虚無感。
底なし沼のような絶望に、千尋は必死に抗い前を見据えた。
それは先の見えない、苦難の道の始まりだった。

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