「――ごめん」
突然の謝罪に、千尋は驚きアシュヴィンを見た。
「アシュヴィン?」
「お前のことをずっと考えると約束したのに、俺はそれをも忘れていた」
「アシュヴィン……もしかして……」
「ああ。全て思い出した」
頷くアシュヴィンに、千尋が目を見開く。
「……いつ思い出したの?」
「お前が叛徒の剣に身を投げ出した後だ。
記憶さえ失っていなければ、このような傷をお前に負わせはしなかった……っ!」
苦痛を滲ますアシュヴィンに、千尋の瞳から涙が溢れ出る。
「アシュヴィン……っ」
「ごめん――」
謝罪を繰り返すアシュヴィンに、千尋が首を振る。
「いいの……アシュヴィンが思い出してくれたのなら……それでもういい」
静かに涙を流す千尋を、アシュヴィンはそっと抱き寄せた。
久しぶりに感じる互いの体温。
それは言いようのない安心を二人に与えた。
「早く……元気になれ。お前をもっと感じたい」
「え? もっとって……」
一瞬意を解さなかった千尋だが、すぐに何を言ってるのかがわかり、ぼっと顔を赤らめた。
そんな千尋に、アシュヴィンはふっと口元に笑みを浮かべる。
「早くお前を愛したい……」
今度ははっきりと伝えると、愛しむように口づけた。
* *
白く咲き誇る笹百合を、二人は寄り添い見つめていた。
千尋が土蜘蛛の巫医の力で回復した頃には、すでにあの事件から1ヶ月の時が過ぎていた。
「笹百合、根付いてくれたね」
「ああ」
それは以前、アシュヴィンの誕生祝いにと、千尋がこの広場に植えたものだった。
「良かった……またこうして2人で来れて」
とん、ともたれかかった千尋に、アシュヴィンが微笑む。
「さぁ、根宮に戻るぞ」
「えぇ? もう?」
「傷が癒えたばかりだろ? リブと遠夜が心配するぞ」
身体を気遣うアシュヴィンに、千尋は不満そうに黒麒麟にまたがる。
「1ヶ月も待たされたんだ。これ以上体調を崩されたらたまらんからな」
「アシュヴィン?」
「今夜は久しぶりに共寝を許してくれるんだろ?后殿」
アシュヴィンの耳元での囁きに、千尋が真っ赤な顔で振り返る。
当然のように重なる唇。
少しかさついた唇の感触が、久しく忘れていた熱を甦らせる。
「……うん。私もアシュヴィンを感じたい」
黒麒麟の上で素直に身をゆだねる千尋を、アシュヴィンは強く抱き寄せた。
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