恋の芽生え

将望39

「お願い、有川くんに渡して! 望美、幼馴染でしょ?」

差し出された手紙に、望美は大きなため息をつく。
冬休み以降、頻繁に繰り返されてきたこの光景は、進級した後も相変わらずだった。
望美の幼馴染である将臣と譲の有川兄弟は、昔からもててはいたが、とりわけ2年の冬休み以降の将臣の人気はすさまじいものだった。
その理由は『大人っぽくなった』こと。
つい半年前は奔放とした少年だったのに、落ち着いた大人の貫禄を感じさせるようになった将臣。
だが、その理由を知っている望美は複雑だった。

それは冬休みを直前に控えたある日のこと。
突然白龍によって望美たちは異世界に連れて行かれた。
その時、なぜか将臣だけが3年以上もずれた時空へと飛ばされてしまったのである。
ようやく巡り会えた時には、同級生のはずの将臣は21歳になっていた。
戦いの末に再び力を取り戻した白龍によって、将臣の身体の時間は元に戻されたのだが、それでも3年半という彼が過ごしてきた時間が消えるはずもなく、重ねた年月が彼を同級生ではなくしてしまった。
教室に戻り、ため息混じりにかばんに手紙をしまっていると、ぽんと肩を叩かれる。

「用事すんだのか? だったら一緒に帰ろうぜ」

2年に引き続いて3年でも同じクラスになった将臣が、いつものように誘う。
家が隣同士で、幼い頃からの幼馴染である将臣と望美は、2人とも帰宅部ということもあって、用がないときはこうして登下校を共にしていた。

「うん……あ、はい、本日の手紙」
差し出された手紙に、将臣が眉をしかめる。

「あ~? またかよ」
「ちゃんと返事返してあげなよ」

念を押しながら将臣の手に手紙を握らせる。
瞬間、つきんと感じた胸の痛みに、望美はわずかに顔を曇らせた。
今までもこうしたやりとりは何度もあったというのに、この頃はこうして他の女子からの手紙を将臣に渡すと、決まって胸が痛むようになった。
それがどうしてなのか分からず、望美は自分の変化に戸惑っていた。

「ん? どうした? 具合でも悪いのか?」
望美の変化を目ざとく見つけ、将臣が問う。
熱をみようと額に手を置かれ、望美の顔が赤らむ。

「わ、わかんない。何か急に頬が火照っちゃって」
「やっぱり熱あるんじゃねーか?」
今度は額を合わされそうになり、思わず逃げる。

「望美?」
「だ、大丈夫だよ」
明らかに挙動不審な望美に、将臣が強引に手を握る。

「将臣くん!?」
「急に倒れられでもしたら困るからな。それとも抱いてってやろうか?」
にやりと微笑まれ、ぶんぶんと首を横に振る。

「いい! 自分で歩ける!!」
「じゃあ行くぜ」

真っ赤な顔で慌てる望美に微笑むと、将臣は手を引いて校舎を出る。
帰り道もその手を離さない将臣に、望美は高鳴る胸の鼓動に戸惑う。
今までだってこうして手を繋いだことは何度もあった。

(なのにどうして今日に限ってこんなにドキドキするの?)

そうっと将臣を見上げた時、後ろから声がかかる。
振り返ると、そこにいたのは将臣のファンの女子達だった。

「有川くん、どうして春日さんの手を握ってるの?」

「まさか噂どおり、本当は付き合ってるの!?」

男と女の幼馴染ということで、昔から必ず二人が付き合っているのではと噂された。

「そんなことないよ。私たちはただの幼馴染だもん」

いつものように否定すると、つきんとまた胸に痛みが走る。
同時に、繋がれていた手が外された。
見上げると、将臣が頭をかきながら「ああ、そうだよ」と頷く。

「じゃあ、私が恋人立候補してもいい!?」
「あ~抜け駆け! 私も!!」

一人が将臣に詰め寄ると、次々と女子が群がり、あっという間に将臣が取り囲まれてしまう。
その姿に、今度は胸に不快感が湧き上がってくる。

(――将臣くんに触れないで!)

出かけた声に、望美は驚き立ち尽くす。
どうしてそんなことを思うのか、自分自身に戸惑ってしまう。

「望美?」

かけられた声に、望美はびくりと肩を震わすと、逃げるようにその場から駆け出す。
そんな望美に、将臣は驚きながら女子の群れをかき分けて追う。
駅を通り越した浜辺で、望美は腕を掴まれた。
はっと振り返ると、息を乱す将臣の姿。

「お前……急にどうしたんだよ? 何だか今日はおかしいぞ」
髪をかきあげ大きく息を吐く将臣に、望美は俯く。
自分でもどうしてあの場から逃げ出したのか分からなかった。

「女の子たち……は?」
「お前が急に駆け出すから、置いてきちまったよ。ま、逃げられてちょうど良かったけどな」

取り巻きが消えたことに安堵する。
そして、そんな自分にまた戸惑う。

(どうして女の子たちがいなくてほっとしてるの?)
また顔を曇らせた望美の頭をくしゃりと撫でる。

「将臣くん?」

「しけた顔してんなよ。お前が静かだと、調子狂うぜ」

「な……! 私がいつも騒がしいみたいじゃない!!」

「そうだろ?」

頬を膨らませる望美に、将臣が笑ってもう一度頭を撫でる。
そうして手を握ると駅に向かって歩き出した。

* *

望美を送り、着替えて自分の部屋に寝転ぶと、将臣は天井を見上げながら今日の望美のことを思い返した。
急に赤くなったり、逃げ出したり、いつもとは違う様子を見せた幼馴染。

「まさか、な」

思い浮かんだ考えを、苦笑して打ち消す。
それは彼がずっと望んできたこと。
将臣が望美を幼馴染以上の感情で見つめているように、彼女も自分をそう思ってくれるという幻想。
それでも、今日の望美の赤らめた顔を思い返すと、拭えない想いが沸き起こる。
それを確かめようと、向かい合った窓を軽くノックする。
ほどなく望美が窓を開けて顔を出した。

「なに? 将臣くん」
「いや、ちょっと確かめたいことがあってさ。
お前、なんで俺見て照れてたんだ?」
ずばっと指摘され、望美が戸惑う。

「て、照れてないもん」
「照れてただろ? 顔赤くなってたじゃねーか」
「そ、それは……っ」

言い返そうにも事実なので、望美が言葉に詰まる。
その反応を黙って見つめていた将臣は、一瞬考え込むとまっすぐに見つめて問う。

「なあ。お前、俺のこと好きか?」
「……!」
問われて望美が顔を真っ赤に染める。
今までならさらっと返された返事に、将臣の頬が緩む。

「そういうことか」
一人納得している将臣に、望美の方が戸惑う。

「そういうことって何?」
「何でもねーよ。ようやく願いがかないそうだって思っただけだ」
「願い?」

将臣の口にした言葉に、首を傾げる。
そう、今までどんなに望んでも得られなかった望美からの特別な想い。

「無自覚ってところがお前らしいけどな」
一人納得している将臣に、望美はわけがわからず首を傾げる。

「将臣くんの願いってなに?」
「お前がどうして俺を見ると顔が赤くなるのか、分かったら教えてやるよ」

はぐらかされた答えに、頬を膨らませる。
そんな望美に苦笑を漏らすと、そっと耳打ちする。

「早く気づいてくれよ? 俺はそんな気が長い方じゃねーんだ」
微笑む将臣がいつになく艶めいて見えて、望美は赤らむ頬を手で抑えながら小さく頷いた。

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