恋の芽生え-4-

将望39

窓の外を見て、望美はため息をつく。
隣の家の、窓越しの部屋は真っ暗。
今日も部屋の主は不在だった。

こちらの世界へやってきた荼吉尼天を、力を合わせて倒してから1年半の時が流れ、この春、高校を卒業した望美と将臣は、それぞれ進学を果たした。
望美は短大、将臣は大学。
進学を決める時ずいぶん悩んでいた将臣は、入学するやせわしない毎日を送っていた。
高校までは一緒だった望美も、大学が別となったことで、将臣と会えるのは家でだけ。
今までは毎日顔をあわせていたのに、帰りがいつも遅く、不在のことが多い将臣ともう1ヶ月まともに顔を合わせていなかった。

「何してるのかな……将臣くん」
寂しげに呟いた時、机の上の携帯が鳴る。
画面に表示された友達の名前に、ため息をつきながら出る。

『あ、望美? 今度の土曜日にコンパがあるんだけど、メンバーが足りないの。参加してくれない?』

「あ~私はいいや。そういうの、興味ないんだ」

『そんなことばっか言って~。彼氏いないんでしょ? 楽しいよ?』

彼氏という言葉に将臣の顔が浮かぶ。
将臣のことを幼馴染ではなく、それ以上の想いで好きだと気がついた望美だったが、まだその想いを伝えられずにいた。
そうしている間に卒業してしまい、すれ違う毎日に機を逸してしまったのである。

『高校の同級生も結構来るんだよ? 同窓会と思っておいでよ』
友達の言葉に、わずかに気持ちが動く。

「同窓会、か。そういえば皆とも卒業して以来、会ってないなぁ……」

『そうそう! 久しぶりにぱあっと騒ごう!』

勢いに押されてOKすると、電話を切る。

「将臣くんの馬鹿……」

相変わらずの真っ暗な部屋に、責める呟きが漏れる。
将臣のことが好きな望美は、コンパなど興味はなかった。
OKしたのは友達に会えることと、寂しさからだった。
それでもどこか後ろめたさが残り、俯いてしまう。
そんな時、またも携帯が鳴った。
今度も友達だろうと、ディスプレイを覗いた瞬間、望美は目を見開いた。
そこには“将臣くん”の文字。

「も、もしもし?」
『望美か? お前、これからちょっと出てこれねーか?』
「いいけど、どうして?」
『ちょっとドライブしようぜ』
「わかった」

電話を切ると急いで着替え、母に将臣と出かけることを伝える。
将臣のことを小さい頃から知っている母は、夜にもかかわらず小言一つ言わずにOKしてくれた。
外に出ると、玄関の前に止められたバイクの上から将臣が手を上げる。

「よ!」
「“よ!”じゃないよ。ずっと何してたの?」
「まぁ、色々な。後で話すからとりあえず乗れよ」
ヘルメットを渡され、将臣の後ろに乗る。
行き先も聞かないまま、将臣の背にしがみついていた望美がついたのは七里ヶ浜。

「星が綺麗~!」

夜空を見上げて喜ぶが、大分春らしくなったとはいえやはり夜は冷え、海風にふるっと肩を震わせた。
そんな望美に将臣が着ていた革ジャンを脱いで放る。

「ほら、これでも着てろ」
革ジャンからは将臣の温もりが伝わってきて、まるで抱きしめられているような錯覚に、ドキドキしてしまう。

「あ、ありがと」

「お前、大学はどうだ?」

「普通だよ。将臣くんは?」

「普通ってなんだよ。俺は講義ない時は、ほとんどバイトしてる」

「バイト? なんで?」

「大学卒業する頃には一人暮らししようと思ってんだ」

将臣の言葉に、望美が驚き振り返る。

「一人暮らしって……家を出るの?」

「ああ。本当は進学するかも悩んだんだけどさ。社会に出る前に、色々学ぶのも悪くねーなと思った」

海を眺める将臣の瞳はずっと先の未来を見つめているようで、隣りにいるのに遠く感じて望美は寂しくなった。

「将臣くんはもう将来のことを考えてるんだね。私は全然だよ……」
「お前はやりたいことってないのか?」
問われて小さく頷く。

「進学決める時にも考えたけど、やりたいことって何もなくて」
「大学通っているうちに見つかるかも知れねーぜ」
「そうかな……」
俯く望美の頭をくしゃくしゃと将臣が乱暴に撫でる。

「何しょぼい顔してんだよ。お前らしくないぜ」

「だって将臣くんはどんどん先行っちゃって、私だけ取り残されてるみたいで……」

「まだ18だろ? 急いで決める必要ねーじゃねーか」

「だって……!」

不安を言い募ろうとした時、目の前に小箱が突き出された。

「なに?」
「開けてみな」
促され、掌の小箱の包装紙を丁寧にはがして、中身を取り出す。
出てきたのは、紺のビロードの箱。

「将臣くん、これ……」
望美の言葉に、将臣は蓋を開けて望美の手を取ると、左手の薬指に銀の指輪を通す。

「予約、な」
「え?」
将臣の言葉の意味をつかめなくて、望美は戸惑いながら指輪と顔に視線を移す。

「俺はまだ学生で、お前を養ってやれる身分じゃない。だから、本当のプロポーズはまだまだ先になるが、その間にお前を他の男に掻っ攫われるのはごめんだからな。
だから、それは予約。いつかお前を迎えにいける日までのな」

「将臣くん?」

「好きだ。小さな頃から今まで、ずっとお前が好きだった」

面と向かっての初めての告白に、望美は言葉を失った。
望美が自分の気持ちに気づいたのは、異世界から戻った後。
将臣はそれよりもずっと以前から望美のことを想ってくれていたのだ。
それなのに、少し会えないだけで拗ねていた自分が恥ずかしくて、望美はきゅと唇をかみ締める。

「いやか?」
沈黙を違う意味に捉えた将臣に、望美が慌てて首を振る。

「違う! そうじゃないの! ……すごく嬉しい。私も将臣くんのことが大好きだから」

「幼馴染としてってのはなしだぜ?」

「違うよ」

まっすぐ見つめて伝えると、将臣の顔がほころぶ。

「良かった……幼馴染としてしか見れないとか言われたら、どうしようかと思ったぜ」
心底ほっとしたような様子の将臣に、望美が瞳を丸くする。

「どうしてそんなに心配してたの?」
「そりゃあ今までのことを考えれば……な」

相当な鈍で、今まで散々将臣をやきもきさせてきた望美だったが、本人には全く自覚がなく、苦笑するしかなかった。

「私ね、本当は一つだけ小さい頃からの夢があるんだ」
「なんだよ?」

問われて、望美は将臣の耳元でそっと囁く。
それは“お嫁さん”という、可愛らしい言葉だった。

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