「気持ちいい~!」
海原を行く船の上で、望美が風に髪を躍らせながら微笑む。
「九郎さんやヒノエくんにも会えて良かったね」
「ああ。ヒノエは相変わらずだったけどな」
鎌倉に平家が落ち延びることの許しを得に行っていた九郎を、早舟で迎えに行ったヒノエ。
「ヒノエくんが遊びに来てくれたら、きっとすごく賑やかだろうね」
「おいおい、連れ去られる気か?」
「ヒノエくんはそんなことしないよ」
くすくすと笑う望美に、将臣は肩をすくめる。
望美を守っていた八葉たちが、少なからず彼女を想っていた事を、将臣は知っていた。
「知らないのは当の本人ぐらいだな……」
「なに~?」
ため息をつけば、案の定恋に疎い望美は首を傾げる。
「なんでもねーよ」
「南の島ってどんなところだろうね?」
海を見つめながらの望美の問いに、将臣も目を向けるとふっと微笑んだ。
「俺らの世界の沖縄周辺ってとこか……なんにせよ、戦はない。それで十分だろ」
「そうだね」
将臣はずっと、戦のない平穏の地を平家に与えようと戦っていた。
それが叶う今、場所など関係なかった。
「リズ先生が言ってたこと、気をつけなきゃね」
別れの時、生活の知恵を与えた恩師に、思い出した将臣がぷっと吹き出す。
「親父みたいだよな」
「弁慶さんもいっぱい薬くれたんだよ? わかんないのも1つあるけど」
「なんだよ?」
「『将臣くんとの生活で困ったら使ってみてください』だって。何の薬なんだろうね?」
望美の言葉に、将臣が頭を抱える。
「ヒノエといい……本当に『朱雀』は喰えない野郎だよな」
「将臣くん?」
「その薬、くれぐれも他のと混ざらないようにしとけよ? 着いて早々、全員発情なんて恐ろしいからな」
意味の分からない望美に、将臣はため息をつきながら注意を促した。
* *
程なくして着いた土地は、京とは全く違っていた。
木造の家ではない、石造りの小屋のような建物。
「なんか教科書に出てきた、昔の沖縄っぽいよね?」
「まあ島の大きさからしても、琉球王国ど真ん中ではなさそうだけどな」
不安げな平家の中、将臣は島民の長に話をつけに一人歩いていく。
そんな将臣に走り寄ると、望美はその手を取った。
「望美?」
「『もう離さない』とか言って、すぐに置いてっちゃうんだから! 一人で何でもしようとするのは、将臣くんの悪い癖だよっ」
頬を膨らませる幼馴染に、将臣が苦笑する。
「わりぃ。だが油断するなよ? ここは未知の土地で、俺らは『侵入者』なんだからな」
「うん」
話している間に、2人の目の前に10数人の島民と、その中心に長と思われる老人が現れた。
「言葉通じるといいけどな」
将臣は姿勢を正すと、警戒心を与えないように気をつけながら、彼らに歩み寄った。
* *
「受け入れてくれて良かったね」
荷物を降ろして微笑んだ望美に、将臣も笑みを返す。
「ああ。どうやら京との交流はねぇみたいで、平家も源氏も知らないようだからな」
将臣達が住む場所を失った漂流の民であること、害を及ぼすつもりは毛頭ないことを告げ、ここへ住むことの許可を長に願い出ると、あっさりとそれは受け入れられた。
「服や家なんかの京との違いに、平家の連中は
戸惑ってるみたいだが、まぁそのうちに慣れるだろ。とりあえず諍いが起きなくて良かったぜ」
侵略者と疑われ、戦いになる可能性も視野に入れてはいたが、出来れば先住民との諍いは避けたいと思っていたのである。
「とりあえずの家まで貸してくれるなんて、本当にいい人たちだよね!」
石造りの粗末なものではあったが、当面の住まいとしては申し分なかった。
「明日からは家の修繕と島民との交流だな」
「頑張ろうね!」
快活に笑う将臣に、望美も明るい笑顔を見せた。
→第3話へ続く