あなたと歩む未来-2-

ヒノ望6

翌朝、朝餉を済ませた二人は、早速熊野を巡り歩いた。
もう少しで花開こうとしている桜並木や、海が一望出来る崖。
見るもの全てが瑞々しく生命力に溢れていて、本当に美しい熊野の風景に望美は昨日までの疲れも忘れ、大喜びで駆け回った。
そんな望美に苦笑しながら、ヒノエは案内して歩く。

「ちょっと休憩しようか?」
勝浦に着いた所でのヒノエの提案に、素直に頷く。
そうして近くの茶屋に入ろうとした所で、突然現れた女達がヒノエを取り囲んだ。
驚き見ると、女達はどちらも派手な化粧に華やかな着物をまとった遊女だった。

「ヒノエ様、全然遊びに来てくださらないから寂しかったですわ」

「ああ、すまないね。ちょっと忙しかったんだ」

「今日は寄っていってくださるんでしょう?」

隣りの望美などお構いなしに誘う遊女に、むっと踵を返す。

「望美!?」
「お邪魔みたいだから先に帰るね。今日はありがとう!」
慌てるヒノエを一瞥して、駆けていく。
早くその場から離れたくて、がむしゃらに走った。

* *

「はぁ……はぁ……」
乱れた呼吸に、近くの木に寄りかかる。
着いた先は本宮ではなく、以前訪れたことのある那智の滝。
一呼吸ついたところで、望美は髪をかきあげた。
ヒノエが女慣れしていることは十分わかっていた。
それでもあのように目の当たりすると、どうしても動揺せずにはいられなかった。

「やっぱりヒノエくんってもてるんだ……」

呟きが滝の音に消えていく。
以前、この滝に来たときは、幼馴染の将臣と譲と一緒だった。

「あの頃はこんなに好きになるなんて思わなかったんだよね」

一度目の時空では、熊野水軍の協力を得るため、仲間と初めて訪れたこの熊野で出会ったヒノエ。
“姫”と呼んで慣れた仕草で手の甲に口づけた様に、女慣れしていることがうかがい知れた。
でもそんな彼が時折見せる鋭い瞳や、楽しそうな表情から目が離せなくなり、気づいたら好きになっていた。

ヒノエは熊野をとても大切に思っていて。
自分にとっても父母や友人がいるこことは異なる時空の世界が大切で。
だから、ヒノエとは結ばれない運命なんだと、諦めてしまおうと思っていた。
だけど頭ではわかっているのに、ヒノエと一緒にいればいるほどどうしようもなく惹かれてしまい、いつしか彼と離れることなど考えられなくなってしまっていた。
そうして清盛を倒したあの日、決心したのだ。
元の世界を捨ててヒノエの元にいる、と。
不意に熱い雫が頬を伝う。

「……っ」

ずきりと痛む胸に手を当て俯く。
ヒノエがもてることなどわかっていたはずだった。
それでも彼を選んだのは自分。
だから、こんなことで泣いたりしたくなかった。
これから先、こんなことは何度となく起こるのだろうから。
嗚咽を堪えようと唇をかみ締めると、後ろから抱き寄せられた。
その腕が誰のものかは確認しなくてもわかって、望美は引き離そうと胸を押した。

「はな……して……っ!」
「嫌だね」
ささやかな抵抗をあっさり拒否すると、いっそう抱き寄せる腕が強まる。

「……ごめん。そんなふうに泣かせて」

ヒノエの謝罪に、抵抗が止まる。
今までの行動をなかったことには出来ない。
それでも自分の過去が彼女を傷つけたことに、ヒノエはただ謝ることしか出来なかった。

「……いいの」
「え?」
「わかっててヒノエくんの傍にいるって決めたから……だから謝らなくていいの」

思いがけない言葉に驚き、ヒノエは腕の中の望美を見た。

「ヒノエくんがもてるのも……全部わかってて、そういうところも含めてヒノエくんのこと好きになったから……」

――けど目の前で見ちゃうとダメだね。
涙に濡れた瞳で、それでも笑おうとする望美を強く抱き寄せる。

「ごめん」

ただ謝罪するしか出来ない。
――沢山の恋をしたからこそ、お前という真実に辿り着けたんだ。
だけどその想いを口にすることはかえって望美を傷つけてしまうから、言の葉にはのせずに心の奥で呟く。
今までこんな風に女を愛しく想った事はなかった。
花は彼の瞳を一時楽しませるだけのものであり、戯れに身体を重ねてもそれは一時のものでしかなかったから。

初めて会った時、自分に会いに来たと告げた望美の瞳には未来を見通すような不可思議な色が宿っていて、ヒノエは神子としての彼女に興味を抱いた。
そうしてその力量を推し測ろうと、甘い言葉を囁きながらその裏では冷静に彼女を観察していた。
望美は今まで見知った女達とはことごとく異なっていた。

神子自ら剣を振るうことの意を問うと、返ってきたのは「私もみんなを守りたい」という予想外の答え。
神子でもある望美には、守りつき従う八葉と呼ばれる男達がいた。
なのに彼らに守られるのではなく、自分も守りたいのだと言うのである。
自分の剣は、そのためのものである……と。
凛とした眼差しが、それが彼女の本意であることを告げていた。
その時から、望美への興味はさらに増していった。

始めは単なる好奇心。
それがいつしか、かけがえのない存在として見つめるようになっていたのはいつ頃からなのかはわからない。
それでも、自ら矢面に立って戦う望美から目が離せなくなり、八葉として神子を守るのではなく、一人の男として彼女を守りたいと思うようになっていたのだった。

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