■夢浮橋のお話です
「望美さん」
200年前の神子であるあかねの呼びかけに、全てが終わってホッとしていた望美は、微笑んで駆け寄った。
「どうしたの? あかねちゃん」
「あのね、望美さんの八葉・天の朱雀のヒノエくんなんだけど……」
「ヒノエくん?」
あかねの口にした名にぴくんと反応する。
「な、なに? ヒノエくん、まさかあかねちゃんに手を出したんじゃ……」
「違う違う! そうじゃなくて……」
顔を曇らせた望美に、あかねが慌てて首をふる。
「そうじゃなくて、ヒノエくんが言ってたことを望美さんに伝えたくて」
「ヒノエくんの?」
「北斗星君の罠だった夢の小箱でね、ヒノエくんあっさりそれが夢だって見抜いてたの」
洞察力と直感力のいいヒノエならばそうであろうと、望美が納得する。
「でね? 普通、夢の小箱は心の奥の願いや、不安なんかが夢になるらしいんだけど……」
「ヒノエくんだったら綺麗な女の子がいっぱい出てくる夢だったんじゃない?」
日頃の行いからため息交じりに呟くと、あかねがとんでもないと手を大きく振って否定する。
「そうじゃなくて! ヒノエくん、望美さんを助けるためにってわざと北斗宮の夢を見ていたの」
『たとえ無駄でも打てる手はいくらでも打つさ。望美のためならね。姫君一人のためだけに戦をするよ。そして勝つ。
北斗星君に勝って、俺の姫君を取り返してみせるよ』
夢の中でそう笑って語ったというヒノエに、望美の頬が赤く染まっていく。
「ヒノエくん、本当に望美さんのこと大切に思ってるんだな~って、その時思ったの。だから帰る前に望美さんに伝えなきゃって思って」
「あ、ありがとうあかねちゃん」
照れて赤らんだ頬をごまかすように笑う。
「こんなところで花同士語らいかい? 俺も混ぜて欲しいな」
「ヒ、ヒノエくん!?」
噂をしていたところでの本人の登場に、望美の動揺がピークに達する。
「どうしたんだい? そんなに頬を染めて」
「な、何でもないよ! ヒノエくんこそ、イノリくんやイサトくんとお別れはすんだの?」
「野郎と戯れるつもりはないんでね。どうせなら花に囲まれる方がいいだろ?」
髪を一房手にとって口づけるヒノエに、望美がパニックを起こす。
そんな二人の様子を微笑ましく見つめていたあかねは、望美に手を振った。
「幸せにね、望美さん! 頑張って平和を取り戻そうね~!」
「う、うん。あかねちゃんも頑張ってね!」
笑顔で去っていくあかねに、望美は胸に手をやりふぅ~っと息を吐く。
と、突然後ろからヒノエに抱き締められた。
「ヒノエくん!? もぅ、冗談は……っ」
「――良かったよ」
いつもの戯れだと思い、振り返ろうとした望美は、思いがけず真剣な声に動きを止めた。
「ヒノエくん……?」
「お前が無事で良かった。ごめん、守れなくて」
髪に顔を埋め、強く抱きしめる腕の強さに動きを封じられ、振り返ることが出来ない望美に届く真摯な声。
「――ううん。私、怖くなかったよ。きっとみんなが……ヒノエくんが助けてくれるって信じてたから」
緩んだ腕に、背越しにヒノエを仰ぎ見る。
目に入ったのは鮮やかな笑み。
「お前は本当に最高の女だね」
額に口づけられて、望美が再び真っ赤になる。
「ヒノエくんっ!」
「さぁ、行こうか。夢の浮橋を渡って、現世のお前を抱きしめに、ね」