平家の神子

46、緑陰の熊野

緑の間からこぼれる光を仰ぎ、目を細める。
三草山で勝利した望美たちは、熊野の協力を求め本宮を目指していた。

「神子、大丈夫? 疲れていない?」
「うん、大丈夫だよ」
「白龍こそよく頑張るな」
「うん」
「けど、本当に険しい道だな」
「日差しも強いし、そろそろ一休みしませんか?」

現代とは違う徒歩での移動。 舗装された道路ではなく踏みならされて自然にできたもののため、この暑さの中長時間歩くのはかなり辛いものだった。

「こりゃ! そこの者ら! 止まらぬか!!」
「ん? 俺たちの他にもこんなところに来る人がいるんだな」
「熊野路は本宮へ向かう際によく使われる道だからね」
「こりゃ! のんきに話しておるでない! 高貴な方のご意向で、ここは今通行止めであるぞ」
「えっ? 通行止め?」
「悪いが、俺たちにも大切な用事があるんだ。通してくれねぇか?」
「お前たちの用などたいしたものではあるまい。たとえお前たちが誰かの命を受けての熊野参詣だとしても、まろにお命じになった法皇様に逆らうことなどできまい」
「法皇だって?」
「わかったなら早う去ね。お前たちのような者がいては、法皇様の邪魔じゃ」
「いつになったら通れるんですか?」
「ほほほ。おぬしらなどに答える義理などないわ」

見下しまったく相手をする気のない貴族に、望美ははぁとため息をついた。

「それじゃあしょうがないかなぁ」
「新熊野権現から南にのびる海沿いの道がある。その道を回れば勝浦から本宮へ行けるはずだ」
「海か……そっちのほうでいいんじゃねぇか? 南の道をまわろうぜ」
「そうだね」

将臣の提案に頷くと、敦盛のいう通りに迂回して勝浦を目指すことにした。

* *

「思ったよりも大きな町ですね。港があるからですかね」
「港町っていいよね、活気があって」
「賑やかでいい町だろ? 俺、この町にはちょっと詳しくてね。いいトコへ案内してやるよ、姫君」
「うん。でも、まずは今晩の宿を探さなきゃ」
「だったら俺に心当たりがあるよ。ついておいで」

パチンとウィンクすると、お目当ての宿へと歩いていくヒノエ。 案内された宿は素朴で趣があり、ようやく身を落ち着けた望美はうーんと手足を伸ばした。

「ふぅ。足がパンパンだよ」
「せっかく海が近いんだし、浜へ泳ぎに行かない?」
「こういう日に泳いだら気持ちいいだろうな」
「確かにな。潮岬なんかに行って潜れば、テーブルサンゴとか見られるぜ」
「将臣くん、潮岬で潜ったことあるの?」
「いつだったかな。旅行のついでにダイビングしたんだ。とはいっても、俺たちの世界の潮岬だけどな」
「いいね。私も免許とっておけばよかったな」
「免許? スキューバのか?」
「ダイビングって免許とかライセンスとかいるんでしょ?」
「スキューバなら、な。俺がやってたのはスキンダイビング。フィンとシュノーケルで潜るだけだから、すぐにできるぜ」
「二人とも、ヒノエや敦盛が驚いてますよ」
「あ、ごめん」
「姫君たちは時々不思議な言葉を使うね」

耳慣れないカタカナ英語に、ヒノエは興味深そうに見つめる。
結局その日は疲れをいやすことにした一行は、翌朝出立しようとした時思わぬ話を聞いた。

「熊野川が増水してる? ここまで来て先へ進めないなんて冗談じゃねぇぞ」
「でも、川が通れないといっても二、三日のことじゃないのか? だったら水が引くまで待てば……」
「いや、もう何日も水が引いてないらしい」
「それはちょっと変だね」
「うん、熊野をめぐる水の流れがおかしい。待てば引くとも限らないよ」
「とりあえず現地まで行ってみようぜ。行ってみりゃ、少なくとも何が起きてるかくらいわかるだろ」
「うん、だけどどうやって行けばいいのかな?」
「熊野灘沿岸を北上して西へ路をたどれば……熊野川の中ほどに出られる」
「あっ、なるほど。敦盛さんって熊野に詳しいんですね」
「あ、ああ……私は熊野で育ったから……」
「そうだったんですか?」
「ああ。元服前までは熊野にいた」

敦盛の言葉に、だからヒノエとも親しかったのだと知った。

* *

怪異を調べようと熊野川へやってきた望美たちは、荒れ狂った川に立ち止まった。

「勝浦で聞いた通りですね」
「本宮大社に行くには、ここを通らないといけないんだよね?」
「ええ。困りましたね。――それにしても変だな」
「譲くん?」
「まわりはいい天気なのに、ここだけこんな荒れ模様だなんて」
「だめだ、神子。それ以上川に近づいてはいけない」

傍に駆け寄り白龍が注意した途端、川の水が大きく跳ね上がった。

「いったいどうなってんだ、あの川は?」
「急に水かさが増したように見えた……白龍が感じ取った気配とも関係があるのだろうか?」
「でもこのあたりには怨霊はいなさそうだよ」
「この辺りではない……もっと上流に原因があるのかもしれませんね」
「熊野川の上流というと、熊野路の先にあたるな」
「とりあえず、いったん熊野路まで引き返すしかなさそうだね」

その場で解決する術を見い出せず、一行は仕方なく勝浦へと引き返した。

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