平家の神子

47、熊野川の怨霊

「やっぱり荒れてるね」
「そこの方! この川を渡るのはおよしになって」

熊野川上流に戻ってきた望美たちが川を覗き込んでいると、突然一人の女房が駆け寄ってきた。

「この川には恐ろしい怨霊が潜んでいるのです……。熊野詣に来た私の夫と舎人たちも、その怨霊に飲み込まれて……」
「川を渡ってる最中に襲われたら、戦えないだろうね」
「そうだな……危険だとわかってるのに無茶はできない」

女房の言葉に同意を示すヒノエと譲に、将臣は淡々とした表情を崩さぬままに女を見た。

「よ、女房さん。あんたこんなところに残って何しているんだ? 旦那も家来も喰われちまったってのに、なんで帰らねぇんだよ」
「あの……それは……その……」
「将臣くん、その人怨霊だよ!」

川に映った影は仲間のもののみ。前の時空と変わらぬ怨霊に、望美はすらりと剣を抜いた。

「あな憎しや! 熊野の力をかすめ取り、ここまで蓄えたのものを……うぬに封印されては水の泡じゃ!」
「姿が――変わった!?」
「本性を現したな」

女房の姿から蛙へ変わった怨霊に、将臣たちも武器を構える。

「ヒノエくん! 先生!」
「姫君のお願いなら仕方ないね」
「地は堅固にして動なり。地裂震!」

望美の求めに応じ、ヒノエとリズヴァーンが術を発動させると、強力な地属性の攻撃が怨霊に襲いかかる。

「いまだ、望美!」
「めぐれ、天の声。響け、地の声!かのものを封ぜよ!」

怨霊が弱ったところを見計らい、封印を施すと、ヒノエが口笛を吹いて微笑んだ。

「いつ見ても綺麗なもんだね」
「ふぅ……これで熊野本宮に行けるね」
「頭領に会うのもいいけど、せっかく本宮大社に来たんだ。お参りしていきなよ。熊野の神様は、姫君に優しいよ?」
「そうだね。これからもよろしくってお参りしてくるよ」

ヒノエの言葉に望美が頷くと、当の本人は用があると立ち去ってしまう。

「あわただしい奴ですね」
「まあ、でもヒノエくんらしいよ」
「――よし、お参りもすんだし頭領に会いに行くか」
「ん? あんたら別当殿に会いに来たのかい? そりゃ残念だったね。別当殿は不在だよ」
「おいおい、ここまで来て留守かよ」
「今、どこにいるかわかりますか?」
「さあ……別当殿は神出鬼没だからね。この間、速玉大社で姿を見かけたって話なら聞いてるけど」
「速玉大社ですか、ありがとうございました」
「別当殿を探してる娘さんは大勢いるけど、誰も捕まえられなくてね。あんたはうまく会えるといいね」

礼を告げて舎人と別れると、入れ違いでヒノエが戻ってきた。

「ただいま、姫君。お参りは済ませてきたかい?」
「うん。でも、頭領は留守なんだって。さっき会ったおじいさんが教えてくれたの」
「へえ、そんなこと言ってたのか? それってただの噂だろ? ホントに速玉大社まで行くつもりかい?」
「他に手がかりがないんだ。行くしかないだろう?」

速玉大社で見かけたという言葉を頼りに探しに行くと告げると、ヒノエはバツが悪そうな表情を浮かべた。

「……まあ、いいか。たまには速玉にもちゃんと顔を出すかな」
「ヒノエくん?」
「わざわざ速玉大社まで行くんだ。さすがに頭領に会えないとつまんないだろ。俺、ちょっと烏を飛ばして速玉大社に連絡入れとくよ。頭領とお前たちが対面できるよう、手はずを整えてくれってさ」
「そりゃいいや。頼むぜ」
「せっかく本宮大社に来たんだ。今日は一泊して、明日出立にするといい。近くに温泉もあるし、旅の疲れをとるにはサイコーだよ?」

ヒノエの勧めに、望美たちは本宮に宿泊することにした。

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