剣の鍛錬を終えると、髪を結わいていた紐を解く。
先日再会した弁慶と九郎。
再び彼らと出会えたことで、源氏への足がかりができた。
「それにしても相変わらずだったな」
助けたにもかかわらず苦言を呈した九郎の姿に、くすりと苦笑が浮かぶ。
それは彼らしい生真面目さだった。
そして……弁慶。
「やっぱり私が平家の者だって気づいてたよね」
琥珀の瞳に宿った鋭い光。
柔和な笑みで隠しながらも、望美は一瞬宿ったその光を見逃さなかった。
前の時空では、うまく弁慶に利用されてしまった望美。
だけど、今度は一方的に利用されるつもりはなかった。
それよりも今、気になること。それは――。
「倶利伽羅峠……」
平家転落のきっかけとなった戦い。
前と同じならば、戦いは目前に迫っていた。
もしもここで、あの結末を避けられたなら?
そうすれば、経正も惟盛も死して怨霊となることもなく、平家が都を追われることもなくなるのではないだろうか。
「でも、どうすればあの運命を変えられるの?」
運命を変えるには、源流を変えなくてはならない。
しかし、平家と源氏の争いそのものを止めるには、どこまで遡り、行動すればいいか、あまりにも途方もなかった。
「またため息ついてるのかよ」
ひょいっと顔を覗かせた幼馴染に眉を下げる。
望美が弱音を吐けるのは、この同い年の幼馴染だけだった。
「で? 今度はなに考えてたんだ?」
「将臣くんは倶利伽羅峠の戦い……って知ってるよね?」
以前、あの歴史を思い出せなかったことを悔やんでいた将臣。
あの時思い出せなかった出来事を知っていたら?
そうすれば未来は変えられるのではないだろうか。
「倶利伽羅峠の戦いっていや、義仲と維盛が争うのだろ? あの戦で敗れたことが、平家が都を追われるきっかけになったんだよな」
「変えられないかな。……その運命を」
望美の言葉に、将臣が驚き目を剥く。
「運命を変える?」
「うん。私と将臣くんは、あの戦場で何が起こるかを知っているでしょ? だったら、なんとか変えられないかな」
「……お前、また戦場に行くつもりなのか?」
これまでも何度か源氏との小競り合いに、望美は共に参加していた。
だが、将臣は望美が戦いに参加することは反対だった。
「行くよ。私は『平家の神子』だもの」
「神子だからって戦場に行く必要はないだろう?経正だってそう言ってるじゃねえか」
将臣の言葉に首を振ると、まっすぐに見つめ返す。
「守られてるだけは嫌。私も皆を守りたい」
翡翠の瞳に宿る光。
それは、平家の末路を見てきたと語った時の瞳と同じだった。
「……ったく、お前は強情だよな」
決意した時には絶対に揺らがないことを知っている将臣は、大きく息を吐くとぐしゃりと髪を撫でた。
「ちょ……将臣くん!」
「絶対に俺から離れるな」
真剣な声音に、望美も顔を引き締め頷いた。
この後二人は、倶利伽羅峠での戦がとても危険であることを経正や重衝に訴え、自ら戦場に立ち、起こりうる事態にも備えた。
けれども、そんな二人の努力をあざ笑うかのように、歴史は再び繰り返された。
変えたはずの未来は、しかしわずかな差で修正され悲劇を辿る。
十万とも言われていた兵が崖から転落し、執拗な攻めに経正もまた命を失い、ついに倶利伽羅峠の悲劇を覆すことは、かなわなかったのである。
変えられぬ運命があることを、この日望美は改めて思い知らされたのだった。
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