平家の神子

43、再会 -譲-

1184年春――。
和議を進めるために、望美と将臣は京へやってきていた。

「おかえりなさい。どうだった? 法皇様には会えた?」
「ああ。源氏との和議を取り成してくれるよう頼んできた」

法皇との交渉に出向いていた将臣を宿で出迎えた望美は、お茶を差し出しながらその顔を覗きこんだ。

「なんか浮かない顔してるね。もしかしてうまくいかなかったの?」
「いや。良い返事はもらえたんだけどよ」

先程のやりとりを思い出した将臣は目を細めた。

「……後白河法王は結構な狸だぜ」
「用心する必要があるってこと?」
「ああ」

和議を為すためには、棟梁に意見を言える立場の者の力が必要。 そのために法皇に助力を求めたのだが、やはり一筋縄ではいかないのだろうと望美も顔を曇らす。

「とりあえず会えただけでもいいだろう。門前払いの可能性だってあったんだからな」
「そうだね」

平家が後白河法皇の元で栄華を誇っていたのは過去のこと。
今や叛徒として追われる身……面会を断られてもおかしくなかった。
そんな平家に法皇が会う意図はわからないが。

「さあ、福原へ戻るぞ。長居はできないからな」
「うん」

源氏の目が光るここ京で、平家の者が滞在するのは危険。
手早く身支度を整え、宿を出た二人は西国街道で不意に立ち止まった。

「あれは、まさか……」

前方に見える人影は五つ。
その中に見知った者の姿を見つけた瞬間、二人は駆け出した。

* *

「へへへっ、出すもの出してくれりゃあ、下がってやるって言ってるだろ」

行く手を遮る落ち武者達に、安徳天皇は戸惑うように二位ノ尼を振り仰ぐ。

「お祖母様、出してやってはどうなのだ?何を出せばよいのかわからぬが」
「あなた方のような卑しい輩に、お出しするものなど持ち合わせておりません」
「なんだと、この尼! 人が下手に出てりゃいい気になりやがって。二人とも叩き斬って身ぐるみはいだって、こっちはいいんだぜ!」

目の前の少年が帝などと知る由もない落ち武者達は、二人を嘲笑うと刀を振り上げた。
二位ノ尼が安徳天皇を抱きこむように庇った瞬間、矢が落ち武者の腕を射抜く。

「ぎゃあっ!」
「大丈夫か!」

腕から血を流す落ち武者の前に躍り出ると、将臣と望美は弓を構える男に目を瞠った。

「譲くん……っ!」
「兄さん? 先輩も……! その姿は?」

驚きを露わにしているのは、将臣の弟の譲。
この三年半、ずっと探し続けていた望美の幼馴染だった。

「話は後だ。こいつらを追っ払うのが先だからな」
「よくわからないが……この人たちを守ればいいのか? 兄さん」
「そういうことだ。お前はものわかりがよくて助かるぜ」

向かってきた落ち武者に、望美も刀を抜いて切り結ぶ。 金属音が数度響き――。

「ひぃぃっ! こいつら強すぎる」

地面に這いつくばった落ち武者達は、我先にと逃げだした。

「どこの世界でも、小悪党の逃げ足ってのは速いんだな。感心するぜ」
「すごい、すごい! やっぱり強いのだな」
「これ、ちゃんと将臣殿にお礼を申しあげなさい」
「そうだった。危ないところ助かった。大義である」
「大義である?」
「うむ、そなたにも礼を言うぞ」

臆面もなく上から礼を述べる少年に、譲は戸惑いながら将臣と望美を見つめた。

「先輩、この人たちは?」
「私たちがお世話になってる家の人たちなの」
「しかし、なんだって京まで出てきたんですか?」
「お祖父様に会いに来たのだ。そなたらはお祖父様に頼みごとがあったのだろう? 私からもお祖父様にお願いする」
「危険だと何度も諫めたのですが、どうしても止められなかったのです……」
「ああ……大体、事情は飲みこめましたよ。お前な……ちょっと聞け」

無鉄砲な少年を止める手がなかったことにため息をつくと、将臣はしゃがみこんで安徳天皇を見つめた。

「人を助けようって奴は、自分の面倒ぐらい見れるようになっとけ。お前のわがままで、お祖母様まで危険にさらしてどうする」
「……ごめんなさい」
「わかればいい。俺たちを助けようって気持ちだけは、ありがたく受け取るさ」

笑って安徳天皇の頭を撫でると、状況に戸惑う譲を振り返った。

「譲くん、無事だったんだね」
「はい。先輩も兄さんも」
「譲くんはずっと京にいたの?」
「はい。景時さんという人の邸でお世話になっているんです」
「景時さん……、もしかして朔のお兄さんの?」
「え? 先輩、朔を知ってるんですか?」

思いがけない話に、望美は詳しく譲の話を聞く。
突然この世界に放り出された譲は、宇治川で怨霊に襲われている朔と白龍を見つけた。
二人を助け、朔と共に京へとやってきた譲は、行くあてもないことからそのまま京邸に世話になっていたらしい。

「譲くん、私たちと一緒に来て」
「一緒にって……この人たちのところにですか?」
「うん」

平家に連れていくことは危険だったが、このまま譲を一人源氏に置いておくこともまた危険だった。

「こいつは俺の弟で譲と言います。一緒に連れて行っても構いませんか?」
「将臣殿の弟君ならば歓迎致しますよ」

同行許可にホッとすると、そういえばと譲を振り返った。

「もしかして白龍も一緒にいるの?」
「え? 先輩、白龍も知っているんですか?」
「うん」

望美が朔や白龍と顔見知りだということに驚き、譲は眼鏡を直す。

「とりあえず俺は一度京邸に戻ります。今までお世話になったお礼も言いたいし、白龍にも別れの挨拶をしないと」
「あ、白龍も出来れば連れてきてほしいの」
「え? 白龍もですか?」
「うん、お願い」

驚く譲に頷くと、将臣たちを振り返る。

「将臣くんは先に帰ってて。尼御前たちをお二人だけで帰すわけにはいかないでしょ?」
「それはいいが……大丈夫か?」
「うん」

朔は源氏の戦奉行・景時の妹。 対の神子だと慕ってくれた彼女には会いたいが、平家の神子だと知れている可能性があり、景時や弁慶に見つかることは避けたかった。
望美は下鴨神社で譲と待ち合わせるこ約束をして別れた。

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