「わあ、綺麗な桜。まるでピンク色の雲の上を歩いてるみたい」
「龍神の神子は天女にたとえられるけど……薄紅色の花の波の中を行くお前は、ホントに雲間を飛ぶ天女に見えるよ」
下鴨神社で一人桜を見ていた望美は、突然現れたヒノエに驚き振り返った。
「ヒノエくん!」
「また会えたね、神子姫様」
ヒノエと会うのは以前、神泉苑で行われた雨乞いの儀の時に、男達に絡まれているのを助けてもらって以来だった。
「一人でうかつに歩いてるなんて、用心が足りないよ? 神子姫様」
「人を待ってるの」
「それは残念。せっかく神子姫様を誘おうと思ったのにね」
相変わらずの甘言をさらっと聞き流して、望美は桜を見上げた。
「じゃあ、そいつが来るまでは俺が神子姫様を独占しても構わないだろ?」
「いいよ。ヒノエくんが名前で呼んでくれたら」
「お望みとあれば喜んで、望美。これでいいかい?」
「うん。私もヒノエくんと話をしたかったから」
思いがけない返答だったのか、軽く目を見開いたヒノエに向き直る。
平家が源氏と対等に戦うには、熊野の協力を得るか、中立を約さなければならない。
そのためにも熊野の者であるヒノエに力になってもらえるとありがたかった。
「へえ。俺になんの話を聞きたいのかな?」
「どうしたら平家は熊野の力を借りれると思う?」
「……どうしてそれを俺に聞くんだい?」
「ただ聞いてみただけ」
望美の真意を測るように紅の瞳に強い光が宿る。
しかし一瞬でそれを隠すと、ふっと口元をつりあげた。
「今のままじゃ熊野は動かないだろうね」
「源氏、平家どっちにも?」
「ああ」
前の時空でも、結局源平どちらも熊野を動かすことはかなわなかった。
「望美は平家を勝たせたいのかい?」
「私は……」
平家を生き残らせるなら、源氏に勝つしかない。けれど、それは逆に源氏を滅ぼすことになる。
あの未来は決して許せるものではないけれど、だからといって源氏がどうなっても構わないとは思えなかった。
源氏には朔も……八葉である九郎や弁慶・景時もいるのだから。
逆鱗の力を借りて未来を…平家の生き残れる未来を模索するのは、源氏を滅ぼしたいからではない。
だったら――。
「私は……平家と源氏が和議を結べたらいいと思ってる」
両者が争ったままでは、どちらかがいずれ蹴落とされることになる。
ならば和議を――それが望美の願いだった。
「勇ましいね。その為に可憐な姫君が剣を振るうのかい?」
「私には守りたい人がいるから」
「そんなに強く思う奴がいるなんて、ちょっと妬けるね。でもさ、お前のためなら喜んで戦う奴はいくらでもいるんじゃない?」
「守られるだけなんて嫌なの。私もみんなを守りたい」
この剣はみんなを守るため……そう見返すと、ヒノエは楽しげに微笑んだ。
「花のような姫君が、剣を振るっても一流だなんて、めったに見られないだろ。是非とも、もっとお近づきになりたいね」
「だったらヒノエくんも来て。ヒノエくんも八葉だから」
額に光る紅の宝玉。
それは、神子を守る八葉の証。
「へえ……神子姫様にはこれが見えるんだ?」
「うん。他の人には見えないの?」
「そうみたいだね。この宝玉に気づいたのは、望美が初めてだよ」
軽く額に指を添えて、ヒノエはにっと笑った。
「いいぜ、つきあってやるよ」
「ほんと!? ありがとう!」
「ふふっ、俺もお前に興味があるしね。よろしく、俺の神子殿」
「神子!」
ヒノエが望美の手をとろうとした瞬間、白い塊が二人の間に割って入る。
「は、白龍!?」
「神子、会いたかった!」
「お待たせしました」
旅支度を整えた譲は、傍らに立つヒノエを見て怪訝そうに眉をひそめた。
「先輩、こちらは?」
「ヒノエくんだよ。一緒に行くことになったの」
「一緒にって……」
「ヒノエは天の朱雀。譲は天の白虎。神子と八葉は引き合うね」
「白虎? 八葉? なんのことだ?」
白龍の言葉に目を白黒させる譲に苦笑して、望美は福原へ帰る道すがら、龍神や八葉のことを説明することにした。
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