望美と共に福原へやってきたヒノエは、敦盛の部屋にいた。
「まさかヒノエが来るとは思わなかった」
「そうかい?」
この幼馴染は、ヒノエが別当家の者だと知っていた。
だからこその困惑に、にっと笑って見せた。
敦盛と会うのは久方ぶり。
彼が熊野にいたのは幼少の頃、元服以前のことだった。
「お前もすみにおけないねえ。麗しい姫君と一つ屋根の下、なんてさ」
「いや、あの……そうではない。そんなことを言っては神子に迷惑だろう」
「お前も、なんだろ?」
前髪をよけて額を見せるヒノエに、敦盛は己の掌をぎゅっと握りしめる。
ヒノエの額と、敦盛の左手に埋まった宝玉。
それは神子を守る八葉の証だった。
「お邪魔してもいいですか?」
「もちろん。麗しい姫君の来訪はいつだって歓迎さ。なあ、敦盛?」
「ああ」
敦盛の承諾を得ると、お茶を手に望美が入ってくる。
「神子姫様手自らなんて嬉しいね」
「お茶を用意してくれたのは女房さんなんだ」
「神子にそのようなことを……」
「ちょうど来ようと思ってたので、もらってきちゃったんです」
困惑する敦盛とにこやかに笑う望美に、ヒノエがふっと口元をつり上げた。
「望美は面白いね」
平家に降り立った龍神の神子。
稀有なる力を持ちながら、自ら剣をとって勇ましく戦う。
かと思えば、ささいな甘言に頬を染めたり、少女のような屈託さを見せる。
ヒノエにとって興味深い存在だった。
「今更だけど一緒についてきてもらって大丈夫だった?」
「神子姫様は優しいね」
「もう……本当に心配してるんだよ?」
「ふふ、俺なら大丈夫だよ」
清盛のお膝元、ここ福原へ潜入するのは危険を伴う。
だが、望美の八葉として共に行動することは、源平両者の動向を見極めているヒノエにとっても有益なことであった。
今まで中立を守ってきた熊野。
しかしこのまま戦が進めば、他人事ではいられないだろうことは想像がついていた。
平家と源氏。
今のところ両者の力は五分と五分。
だが―――。
敦盛と楽しそうに語らう望美。
彼女は、源氏と平家の均衡を変えるかもしれない存在だった。
「それよりもっと楽しい話をしない? 俺とお前の未来とか」
「ヒノエ……」
「ふふ、ヒノエくんは変わらないね」
見知ったもののように話す望美に、神泉苑で会った時の不思議な感覚を思い出す。
望美と直接会い、会話を交わしたのは神泉苑が初めて。
けれども不思議と以前にも会ったような既視感を覚えたのだった。
「本当、面白いね」
小さく呟いて、戦の鍵を握る女を見つめる。
「望美は和議を結びたいって言ってたけど、それは平家の総意かい?」
「和議?」
「……ううん」
問いかけにゆるりと首を振るも、その瞳にあるのは揺らがない想い。
「でも決めたの」
凛とした強い意思を宿した瞳。
に、ヒノエはにやりと微笑む。
「勇ましいね」
「神子らしくないかな?」
「いいんじゃない? 俺はお前みたいな神子を歓迎するよ」
「ありがとう」
素直に礼を述べる様に微笑みながら、ヒノエは胸の内で算盤をはじく。
ヒノエが最も重要とするのは、彼が守るべき熊野。
その熊野にとって最善の策は何か?
冷静に、それを見極めていた。
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