望美と共に三草山にやってきたヒノエ。
福原へ進攻しようとする源氏を食い止める――それがこの戦の目的だった。
「ん? 笛の音?」
風に乗って聞こえてきた笛の音。
それは戦場には似合わぬものだった。
「敦盛? ……まさかね」
幼馴染である敦盛は、今回の戦には不参加だったはず。
そんなことを考えていると、望美がこちらに向かってきた。
「大丈夫?」
「もちろん」
「そっか」
「姫君は緊張してるのかい?」
「うーん……少しね。でも大丈夫だよ」
そう言って気丈に笑う望美に、へえ、と口の端をつりあげる。
普通の女ならば、戦場となれば怯え惑うもの。
しかし望美は、胸の内は知れないが、笑みを浮かべることができる女だった。
「それで、これからどうするつもりだい?」
「山ノ口に作った偽の陣に九郎さんたちを誘いこんで、その隙に後続部隊を討つ」
「ふぅん……後顧の憂いを断つってわけだ」
倶利伽羅峠の戦で多くの兵を失った平家。
策がうまくいけば、源氏の士気を削いで京へ引かせることも可能だろう。
「本隊を確認したら作戦を実行するから、ヒノエくんも準備しておいてね」
「了解。姫君もいくのかい?」
「もちろん。そのためにここに来たのだから」
* *
数刻後、こちらの策通りに源氏本隊が山ノ口へ向かったのを確認すると、ヒノエは望美と共に後続部隊を挟み込んだ。
平家の思わぬ出現に、浮足立った源氏の軍はあっけなく崩れ逃げていく。
と、突然奇怪な叫び声が響き渡った。
「敦盛っ!」
経正の声に、目を見開く。
目の前にいる巨大なもの。
それはどう見ても怨霊だった。
「敦盛さんは私に任せて」
「神子殿……?」
「ここ、お願いね」
そう言って、まっすぐ敦盛のもとへと駆けていく望美。
その姿を見て、ヒノエもその後へ続く。
「敦盛さん!」
必死に呼びかけるも、正気を失った敦盛は暴れることをやめず。
振り下ろした拳は地面を砕き、望美の身体が傾いだ。
「おっと。大丈夫かい?」
「ヒノエくん。ありがとう」
礼を述べると、すぐさま腕をすり抜け敦盛に向き合う。
「どうしたらいいの……?」
「戦うぞ」
「将臣くん!?」
「戦闘で弱らせた後じゃねえと、お前の力も届かねえだろ?」
「でも……」
「敦盛を助けるんだろ? ……行くぞ!」
将臣の声に、迷いを振り切った望美が頷き、剣を構える。
「く……っ」
「水辺ではより力を増す。油断するなよ!」
深手を負わせないよう気を使い攻撃するが、その程度では全く怯む様子のない敦盛。
と、大きな影が望美の前に降り立った。
「先生!」
「術を放ちなさい。剣では威力が足りない」
「でも……っ」
「神子、戦場で躊躇ってはならない。……あの者を助けたいのだろう?」
二人のやり取りを聞いていたヒノエの額の宝珠が不意に熱く輝く。
「…………つっ」
「八葉は神子のためにある」
「なるほど、俺とあんたってわけかい?」
「ヒノエくん!」
「姫君のお願いじゃなきゃ手は貸さないんだけどね」
「地は堅固にして動なり。地裂震!」
ヒノエの紅の気と、リズヴァーンの黄の気、そして望美の気が交じり合い、強烈な地の力が敦盛に降りかかる。
「いまだ!」
「敦盛さん……!」
うずくまった敦盛に望美が浄化の力を流し込むと、獣と化していた手が元の人間へと戻っていく。
「……神……子……?」
「敦盛さん! よかった……元に戻ったんですね」
「私は……? そうか……またあなたに迷惑をかけたのだな……」
「そんなことありません」
落ち込む敦盛に微笑んでその手をとると、望美はリズヴァーンを振り返った。
「先生、ありがとうございました」
「礼を言う必要はない。龍神の神子に従うは八葉の務め。私の力はお前のものだ」
「先生、私に力を貸してください」
「お前の望むままに」
「ありがとうございます!」
「へえ……鞍馬の天狗を仲間にだなんてやるねえ」
突然現れた長身の男に、ヒノエは口笛を吹く。
金髪碧眼……それはこの世界で『鬼』と呼ばれていた者の証だった。
「先生は私の師なの」
「天狗から剣を教わった神子姫、か。ふふ」
源氏の九郎義経に剣を教えたのも天狗。
その偶然の一致に微笑んで、望美の手にそっと唇を落とす。
「ヒ、ヒノエくんっ」
「神子姫様に敬意の口づけを、ってね」
「もう……」
そう言って顔を赤らめる姿は普通の女と変わらず、先程までの姿との相違に唇をつりあげる。
「神子、将臣が呼んでいる」
「あ、はい」
リズヴァーンの呼びかけに振り返ると、将臣たちのもとへと駆けていく。
その後を、リズヴァーンと共に続くのだった。
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