平家の神子

45、二度目の三草山

「ご報告申し上げます。源氏の軍勢がここ福原に向かっているとのこと」
「きたか」

偵察の兵の報告に、将臣は望美と譲を見た。

「……三草山の戦いですね」
「だな」
「どうするの?」
「歴史通りなら義経は夜襲をかけてくるんだろ? ――罠を仕掛ける」
「罠って?」
「ダミーを作ってそっちに誘導してやるのさ。その隙に後続部隊を討つ」

将臣の案を聞きながら、望美は前の時空での一方的な平家の敗北を思い出す。

「望美?」
「……なんでもない。この戦い、源氏を退けられればいいんだよね?」
「ああ」

戦わずに退けられるのならそれがいい。血が流れるのは極力抑えたい。 たとえ綺麗ごとだと言われようが、それでも望美はそれを願い、その策を将臣と練っていた。

* *

「……行ったか?」
「ああ。ここまでは兄さんの作戦通りだな」
「油断するなよ。源氏を京に追いやるまでが作戦だからな」

九郎率いる源氏軍が、山ノ口に置いた空の陣を目指し進軍していくのを見定めると、後続部隊を強襲する。

「うわぁ! 平家だー!」
「なに! 平家は山ノ口にいるはずでは……っ」

思いがけない攻撃に、源氏の後続部隊は浮足立った。

「引きなさい、源氏の兵! 福原へは踏み入らせないよ」
「な、なにを! 女兵ごときがっ!」

剣を構える望美に、怒りに顔を染めた雑兵が斬りかかった。
瞬間、閃く剣。

「経正さん!」
「神子殿に手出しはさせませんよ」

静かに剣を払うと、望美を守るように一歩前へ出る。
予想外の奇襲を受けた後続部隊はあっという間に崩れ、我先にと逃げ惑う。 その姿に策の成功を確信した瞬間、川辺からおぞましい雄叫びが響き渡った。 振り返ると、そこには見たことのない巨大な怨霊。

「どうしてここに怨霊が……っ」
「あれは……敦盛!」
「え? 敦盛さん?」

経正の言葉に、望美は信じられない思いで怨霊を見上げた。 そこにはいつもの穏やかに微笑む面影はなく、正気を失った敦盛は怨霊の性のままに力をふるう。

「どうして敦盛さんが怨霊の姿に!?」
「わかりません。敦盛は今回の作戦には参加していないはずです」
「私が連れてきたのですよ」
「惟盛!?」

不意に現れた惟盛を、将臣が鋭く睨みつける。

「どういうつもりだ?」
「敦盛もそろそろ初陣を飾りたい年頃だと思い、誘ってあげたのですよ。ほら、本性をあらわにして奮戦しているでしょう?」
「むごいことを……敦盛はまだ子供だというのに」
「いつまでも子供では困ります。守られるばかりではなく、早く戦場でも一門のために活躍してもらわないと。神子殿でさえ、このように戦場に立っているのですよ?」
「…………」

にやりと微笑む惟盛に、経正の表情が硬くなる。

「敦盛さんは私に任せて」
「神子殿……?」
「ここ、お願いね」
「おい、望美! ……経正、この場は頼むぜ。惟盛、お前は帰ってろ」
「言われなくても私は帰らせてもらいますよ。あなたに命令されるのは不愉快です」

惟盛の不快気な声を背に、将臣は望美を追った。

「敦盛さん!」

敵味方関係なしに暴れる敦盛に、望美は攻撃をかわしながら必死に呼びかけた。 しかし正気に戻ることはなく、辺りのものを壊し続ける敦盛に、望美はきゅっと唇をかんだ。

「戦うぞ」
「将臣くん!?」
「戦闘で弱らせた後じゃねえと、お前の力も届かねえだろ?」
「でも……」
「敦盛を助けるんだろ? ……行くぞ!」

前を見据える将臣に、それしか方法がないことを悟り、望美も剣を構えた。

(ごめんなさい、敦盛さん……)

苦しげに呻く敦盛に心が痛む。 それでも――。

「いまだ!」
「敦盛さん……!」

うずくまった敦盛に触れ、浄化の力を流し込む。

「ぐ……ぎ……あぁ……あ?」

紅に輝く瞳から力が抜け、獣と化した手が元の人間へと戻っていく。

「……神……子……?」
「敦盛さん! よかった……元に戻ったんですね」
「私は……? そうか……またあなたに迷惑をかけたのだな……」
「そんなことありませんよ。さ、帰りましょう。経正さんも心配してますよ」

落ち込む敦盛の手をとると、にっこり微笑み立ち上がらせる。

(今度は滅ぼさせたりしない。絶対に)

九郎達が向かった山ノ口を見つめながら、強く願いその場を後にする。
異変に気付き、三草川へ引き返した九郎は、後続部隊を断たれ京への撤退を余儀なくされた。 九郎率いる源氏と、望美たちの初戦は、平家の勝利で終わったのだった。

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