「ご報告申し上げます。源氏の軍勢がここ福原に向かっているとのこと」
「きたか」
偵察の兵の報告に、将臣は望美と譲を見た。
「……三草山の戦いですね」
「だな」
「どうするの?」
「歴史通りなら義経は夜襲をかけてくるんだろ? ――罠を仕掛ける」
「罠って?」
「ダミーを作ってそっちに誘導してやるのさ。その隙に後続部隊を討つ」
将臣の案を聞きながら、望美は前の時空での一方的な平家の敗北を思い出す。
「望美?」
「……なんでもない。この戦い、源氏を退けられればいいんだよね?」
「ああ」
戦わずに退けられるのならそれがいい。血が流れるのは極力抑えたい。
たとえ綺麗ごとだと言われようが、それでも望美はそれを願い、その策を将臣と練っていた。
* *
「……行ったか?」
「ああ。ここまでは兄さんの作戦通りだな」
「油断するなよ。源氏を京に追いやるまでが作戦だからな」
九郎率いる源氏軍が、山ノ口に置いた空の陣を目指し進軍していくのを見定めると、後続部隊を強襲する。
「うわぁ! 平家だー!」
「なに! 平家は山ノ口にいるはずでは……っ」
思いがけない攻撃に、源氏の後続部隊は浮足立った。
「引きなさい、源氏の兵! 福原へは踏み入らせないよ」
「な、なにを! 女兵ごときがっ!」
剣を構える望美に、怒りに顔を染めた雑兵が斬りかかった。
瞬間、閃く剣。
「経正さん!」
「神子殿に手出しはさせませんよ」
静かに剣を払うと、望美を守るように一歩前へ出る。
予想外の奇襲を受けた後続部隊はあっという間に崩れ、我先にと逃げ惑う。
その姿に策の成功を確信した瞬間、川辺からおぞましい雄叫びが響き渡った。
振り返ると、そこには見たことのない巨大な怨霊。
「どうしてここに怨霊が……っ」
「あれは……敦盛!」
「え? 敦盛さん?」
経正の言葉に、望美は信じられない思いで怨霊を見上げた。
そこにはいつもの穏やかに微笑む面影はなく、正気を失った敦盛は怨霊の性のままに力をふるう。
「どうして敦盛さんが怨霊の姿に!?」
「わかりません。敦盛は今回の作戦には参加していないはずです」
「私が連れてきたのですよ」
「惟盛!?」
不意に現れた惟盛を、将臣が鋭く睨みつける。
「どういうつもりだ?」
「敦盛もそろそろ初陣を飾りたい年頃だと思い、誘ってあげたのですよ。ほら、本性をあらわにして奮戦しているでしょう?」
「むごいことを……敦盛はまだ子供だというのに」
「いつまでも子供では困ります。守られるばかりではなく、早く戦場でも一門のために活躍してもらわないと。神子殿でさえ、このように戦場に立っているのですよ?」
「…………」
にやりと微笑む惟盛に、経正の表情が硬くなる。
「敦盛さんは私に任せて」
「神子殿……?」
「ここ、お願いね」
「おい、望美! ……経正、この場は頼むぜ。惟盛、お前は帰ってろ」
「言われなくても私は帰らせてもらいますよ。あなたに命令されるのは不愉快です」
惟盛の不快気な声を背に、将臣は望美を追った。
「敦盛さん!」
敵味方関係なしに暴れる敦盛に、望美は攻撃をかわしながら必死に呼びかけた。
しかし正気に戻ることはなく、辺りのものを壊し続ける敦盛に、望美はきゅっと唇をかんだ。
「戦うぞ」
「将臣くん!?」
「戦闘で弱らせた後じゃねえと、お前の力も届かねえだろ?」
「でも……」
「敦盛を助けるんだろ? ……行くぞ!」
前を見据える将臣に、それしか方法がないことを悟り、望美も剣を構えた。
(ごめんなさい、敦盛さん……)
苦しげに呻く敦盛に心が痛む。
それでも――。
「いまだ!」
「敦盛さん……!」
うずくまった敦盛に触れ、浄化の力を流し込む。
「ぐ……ぎ……あぁ……あ?」
紅に輝く瞳から力が抜け、獣と化した手が元の人間へと戻っていく。
「……神……子……?」
「敦盛さん! よかった……元に戻ったんですね」
「私は……? そうか……またあなたに迷惑をかけたのだな……」
「そんなことありませんよ。さ、帰りましょう。経正さんも心配してますよ」
落ち込む敦盛の手をとると、にっこり微笑み立ち上がらせる。
(今度は滅ぼさせたりしない。絶対に)
九郎達が向かった山ノ口を見つめながら、強く願いその場を後にする。
異変に気付き、三草川へ引き返した九郎は、後続部隊を断たれ京への撤退を余儀なくされた。
九郎率いる源氏と、望美たちの初戦は、平家の勝利で終わったのだった。
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