平家の神子

弁慶3、罪

「やはり清盛殿ですか……」

烏の報告に眉が歪む。
応龍を操るために清盛が施した呪詛を利用し、龍神を滅する呪詛へと変えてその野望を打ち砕いてから二年。 新しく生じるはずの龍神がいまだ生じない原因を、弁慶はずっと探っていた。 そうしていきあたった事実―――それは。

「確かに清盛殿なのですね?」

再度の確認に頷く烏。
呪詛返しでその身を焼かれ、死したはずの清盛が生きている。
その事実が、弁慶の抱いていた疑惑を確定する。
五行が正しく巡っていれば、龍神は再び生じるはずだった。
だが、二年の月日が過ぎても彼の神が天に戻ることはなかった。
――何かが新たな龍神が生じることを邪魔しているのだ。

「本当に乗り込む気か?」
「ええ。もしも清盛殿が生きているのなら……龍神が生じない理由を知っているでしょうから」

弁慶の答えに、湛快は腕を組む。

「……勝てるのか?」
「わかりません。ですが、このままというわけにはいかないでしょう?」

別当である湛快が動けば、熊野が平家に敵対する事になる。 だが、今まで自分を頼ることのなかった弟を見捨てることもまたできなかった。

「迷惑をかけてすみません」

熊野を危険にさらすことに躊躇いがないわけではない。 それでも、清盛に仇なした弁慶が一人乗り込む手段はなく、湛快に協力を求めざるえなかった。

「可愛い弟の初めての願いだ。兄として叶えんわけにはいかんだろ」
「ありがとうございます」

顎をしゃくりながら微笑む湛快に頭を下げながら、ふと以前福原で出会った少女を思い出す。 龍神に選ばれし神子。 彼女が伝承通りに喚ばれたのだとしたら、なぜその神は存在しないのか?
生じた疑問は一時保留にして、弁慶は厳島潜入の算段を始めた。

* *

「無駄だ、熊野別当。我に触れることなどかなわぬよ!」
「くっ!」

悠然と微笑む少年に、顔を歪める。
弁慶と湛快を阻む強力な結界。
それが少年……清盛への攻撃を無にしていた。

「愚かよな。我にそなたらの術など通じぬ。我が身は蘇った! 人の力など届かぬ至上のものとなったのだ」

高らかに笑う清盛の言うとおり、彼の振るう力に防戦するしかなく、一方的な攻撃に、がくりと膝をついた。

「……っ……」
「………駄目か」

絶望的な戦況に、湛快は身を起こし清盛を見つめた。

「今回のことは俺の独断だ」
「だから熊野を見逃せと? 熊野別当ともあろうものが、ずいぶんむしのいい話よの」
「ただとは言わんさ。……俺が別当を退く」
「………!」

目を剥く弁慶に、清盛は目を細めるとにやりと笑んだ。

「……いいだろう。その潔さに免じて今回は大目に見てやろう。だが……」

一瞬の光。
その後の悲鳴に、弁慶は隣りの湛快の姿を見て言葉を失った。
床に広がる紅の海。
それは兄の足から流れ出たものだった。

「その足ならば別当を退く理由となろう? ふはははは!」
「く……っ!」

清盛の笑い声に、しかし弁慶は堪えるように唇を噛みしめながら、湛快の身体を抱え身を翻す。 急いで手当てをしなければ、足どころか命に関わる。 全てを投げ打って熊野を……自分を守ってくれた湛快を死なせるわけにはいかなかった。
屈辱の中、目に入った少女の姿。 痛ましげに眉を歪めながら、言葉を紡ぐ唇。 その動きを記憶に刻み、弁慶は厳島を出た。

この時の怪我が原因で片足を失った湛快は、別当職を息子に譲り渡し退いた。
だがそれは表向きの理由で、真実は清盛へ反旗を翻したことへの詫びと恩赦。
また一つ、弁慶の罪が刻まれたのだった。

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