勿忘草

央撫16


時は流れて――6年後。
久しぶりに日本に帰ってくるという央を迎えに、撫子は空港に来ていた。

「もうそろそろかしら」

到着を知らせるアナウンスにゲートを見つめ、次々と歩いてくる人混みの中から彼の姿を探す。
瞬間、どくりと鼓動が大きく跳ね上がった。
彼だと、そう思う気持ちに重なる似て非なる想い。
「あの人」だと、大きく胸を揺さぶられながらも「違う」と同時に沸き上がって、その想いの洪水に耐えるように胸元を手繰った。
何が違うのか――分からないのにどうしようもなく悲しくて切ない。
そんな想いを持て余していると目の前で靴音が止まって、「撫子ちゃん」と名前を呼ばれた瞬間、堪えきれずに目蓋を覆う。
こぼれ落ちる涙に央が戸惑っている気配が伝わるのに、どうして泣いているのか自分でも分からなくて止められない。
央に会えて嬉しいから?
――確かに央に会えて嬉しい。半年も会えていなかったから。
けれどもそうではない。だってどうしようもなく切ないのだ。
大好きな央に会えて嬉しいはずなのに切ないなんてどうしてなのか。
込み上げる感情の渦と膨らむ疑問に押し潰されそうになった撫子に、大丈夫だよと柔らかな声と共に頭を撫でられる。

「ただいま、撫子ちゃん」
「――おかえりなさい」

いつもの言葉にスッと気持ちが軽くなる。
帰国した時、央は必ず「ただいま」と伝えてくれる。それは撫子の元に戻るから待っていて欲しいと、留学する時に交わした約束があるから。
だから撫子も「おかえりなさい」と彼を迎え、必ず私の元に帰ってきてとまた送り出していた。

「ごめんなさい。央に会うのは久しぶりだったからかしら……恥ずかしいわ」
「そんなに感激してもらえたのなら恋人冥利に尽きます」

にっこり微笑む央に、理由が半分しか真実でないことが申し訳なく、並んで歩くと空港の外で待っている車に乗り込んだ。

「疲れたでしょう? 着いたら起こすから眠って」
「会えたばかりなのに申し訳ないけど……お言葉に甘えます……」

撫子の言葉に素直に目を閉じた央。
しばらくの後に聞こえてきた寝息にホッとする。
ゲートをくぐる度に央が郷愁と安堵を感じていることを知っていたから、こうして肩の力を抜いた姿を見れることが嬉しかった。
そう、嬉しい。 なのにどうしても切ない気持ちが同時に沸き上がるのだ。

(――それは彼だけど彼じゃないから)

どうしようもなく愛しくて、どうしようもなく悲しい。
相反する思いは互いに主張しあって撫子の中でせめぎ合う。
そんな中でポツン、とこぼれ落ちた「懐かしい」という想い。

(懐かしい? どうしてそんなことを思うの?)

確かに今回はなかなか会えず、寂しく思ってはいたが、懐かしいなんて感じるほど期間が空いたわけではなかった。
なのに空港に降り立った央を見た瞬間、込み上げたのは確かに懐かしさだった。

(――そう。今の彼はあの時出会った彼と同じだから)

浮かんだ思いは、けれどもすぐに霧散してしまう。
撫子から消えた記憶に存在するもう一人の央。
小学6年生の秋に起きた、あの近似値の未来で出会った21歳の央と、奇しくも今の撫子達は同じ年になっていた。
だからこそ、あの時出会った未来の央と重なった姿に撫子は大きく揺さぶられたのだ。
けれどもそれを撫子が知ることはない。
あの時の記憶は彼女の中に残ることを許されなかったから。
だからこぼれ落ちた感情の欠片だけが時折撫子を揺さぶるだけ。
それさえもすぐに忘れてしまうのだ。
ただそんな撫子の様子に遠い記憶を央が思い出していたことを彼女は知らなかった。

→3話へ
Index Menu ←Back Next→