タイムリミットの恋人

ソウヒヨ2

ヤバい。そんなふうに感じたのは初めてだった。
女の子は可愛い。普段関わることはないけど、考えが足りないところやちょっとしたことに泣いたり笑ったり……自分に出来ないことをやってのける人間は面白くて、だから好きだった。

でも、ヒヨリへの好きは違う。キスをすれば何度でもしたくなって、欲しくなって……そして苦しくなった。どうしてかは分からない。
ヒヨリがそばにいてくれることが幸せで、こんな現実に戻ってこれて良かったはずなのに、どうしても胸が騒いで急き立てる。早く、早くと。

その衝動に従い、情報局に通う日々。同じく異世界配信のキャストだった射落が局員だったことが幸いと、あれやこれやと口を回して自分の記憶を探ることに躍起になっていた。
自分には失われた記憶がある。
それはヒヨリも、射落や他の仲間も同じで、だからこそ協力という口実のもとに記憶を取り戻そうとした。何の記憶かも分からない。出来事なのか……人なのか。そう考えた瞬間、頭に走るノイズに顔をしかめて抗うと、心配そうにヒヨリが覗きこんだ。

「な~に? もっとキスしたくなっちゃった? いいよ、大歓迎☆」

「……大丈夫?」

茶化した言葉は、けれども誤魔化されてはくれなくて、曇った表情に胸が痛んだ。

(キミが心配する相手は、本当だったら……)

よぎった思いに、頭痛はさらに酷くなる。

(……本当だったら? 本当だったらなんなんだ?)

浮かんだ思いに疑問を抱いて、しっかりそれを記憶する。失われた記憶は十中八九異世界配信が原因だろう。人の記憶をねじ曲げる……そんな無茶を通してしまうのが彼らなのだ。
けれどもこのままなんかにさせるつもりはない。帰れてハッピーエンド。そんなの認められないと、内から叫ぶ声がする。探る度に走るノイズが確かに奪われたと訴えるのだから。

「やられっぱなしなんて好きじゃないからね。……そんなの認められない」

呟くと、柔らかなマゼンタの髪を手にとって、そっとそこに口づける。異世界で掌に口づけたように、今度は別の思いを寄せて。







「……待て!ダメだ、それじゃ意味ないだろ!?」

声を張り上げ叫ぶ自分。
今までこんなふうに声を張り上げたことなんてないのに、俺は誰かに向かって必死に叫ぶ。

「キミが犠牲になる必要なんてない!目も取り戻したし、一緒に帰るんだ。俺が何のために戻って来たと思ってるんだ……!」

(目? 取り戻した?)

凝部はヒヨリを庇い、罰ゲームで右目を失った。そのことだろうかと思うが、抱く違和感。

(違う……俺じゃない)

自分でないなら誰なのか。誰かが同じように罰ゲームを受けて、目を失ったのか?

(そう……罰ゲームを受けた。俺の代わりに……)

走るノイズ。痛む頭。
思い出すことを阻むそれらに抗って、手を伸ばして。目の前の「誰か」を必死に見上げる。

「違うんだよ、凝部。それじゃ……ダメなんだ」

寂しげに呟く声に、もう少しでその姿を捉えられそうで、必死に手を伸ばした。

「――――――ちゃん!」







「大丈夫かい?」

声をかけられ、見上げた天井の白さに、ここがすっかり来なれた情報局だと知る。横に立つ射落に身を起こすと、気だるげに髪をかきあげた。

「……起こすの早くない?」

「脳波の乱れが酷くてね。ギリギリまで見守っていたけど、これ以上は無理だよ」

微笑みを浮かべながらも引くことのない射落に、舌打ちを辛うじて噛み殺すと、ぎゅっと拳を握る。

(あと少しで思い出せそうだったのにね……)

ただひとつ分かったのは、自分が失った記憶は人間……あの男のことだということ。

「確かにきみが言ったように失った記憶があるようだね」

「この期に及んでまだ信じてなかったとか酷くない?」

「信じてなかったわけじゃないよ。ただそれだけ厄介な相手だと再認識してたんだ」

「あっそ……」

興味なさげに呟くと身を起こして、事情聴取と軽いメディカルチェックを受けて情報局を後にする。
空間をねじ曲げたり記憶を消したり……そんな無茶をやってのける相手に個人で打てる手なんて限られている。だからこそ凝部は、情報局の捜査に自分の記憶を探ることを勧めた。
欠けた記憶。戻った仲間八人で繋ぎ合わせても足りないと、そう内から急き立てられ、こうして何度と足を運んで記憶を探らせていた。

「でもようやく収穫があったかな?」

先程の記憶は、おそらく帰還時のもの。どうして戻れたのか、それがずっと分からなかった。
ポイントを貯めたのかと思ったが、自分はもちろん上位の明瀬も萬城も足りていなかった。

(それが彼、か……)

『キミが犠牲になる必要なんてない! 目も取り戻したし、一緒に帰るんだ』

声を張り上げ、誰かに向かって必死に叫んでいた。そんな自分にかけられた諦めの声。

(それじゃダメってどういうことだ?)

犠牲。浮かんだ言葉に痛む頭。
犠牲……誰を……彼を犠牲にした?

「…………っつ!」

思い出すなと、邪魔する痛みに舌打ちする。

「冗談じゃない。やられっぱなしなんてごめんだね。そっちの好きにはさせないよ」

声にして宣戦布告する。
そう、諦めるつもりなんてない。

「そうやって諦めて生きた先に、俺の欲しいものなんて何もない――」

こぼれた台詞は誰のものか?
聞いたことのあるフレーズに、またひとつ集まるピース。

「このままなんかにしてたまるかよ、絶対に」

誰となく呟くと歩を進める。
一歩一歩、真実に向かって。

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