凝部くんの髪をいじってもいい?ーーなんて言われて、触れられて。
男の髪なんかいじって何が楽しいんだろうと思うけれども、以前彼女の髪をいじった覚えがあるので断れず、されるがままになるが、むず痒さに後方を覗き見る。
「ねえ、ヒヨリちゃん。もういいでしょ?」
「もう少しだけ待って。妹に編み込みねだられるんだけど、あまりうまく出来なくて」
「えー。僕、いじられるよりいじる方がいいんだけど?」
「凝部くんがすごく上手だったから、私もあんなふうに妹にやってあげたくて。ごめん、もう少しだけお願い」
そうねだられれば嫌とは言えず、大人しくバングルをいじってネットニュースをチェックしていると、「あ、これ!」とヒヨリが身を乗り出した。
「久しぶりに新刊が出るんだよね。何年ぶりだったかな」
「ヒヨリちゃん、好きなの?」
「うん。結構夢中で読んでたよ」
そう無邪気に背中越しに覗くヒヨリはふくよかなぬくもりを押しつけていることには気づいてなく、凝部は小さく息を吐くと画面を消して振り返り、腕を引いた。
「わ……っ!」
「はーい。本日の美容院は終了でーす」
「凝部くん、急に引っ張ったら危ないよ」
「それはヒヨリちゃんのせいだよ」
転がり込んだ彼女を受け止めて、抗議の声を上げるヒヨリを抱え込む。
「そんなに無防備だと襲っちゃうよ?」
顔を近づけ意地悪く告げると、目を見開いたヒヨリが沈黙して……予想外の言葉を返した。
「え?」
聞こえた言葉に耳を疑い問い返すと、「いいよ」と繰り返された返事に固まったのは凝部の方。
「……はあぁ!? キミ、何言ってるの?」
「聞いたのは凝部くんじゃない」
「いや、そうだけど! 意味本当に分かってる?」
動揺を隠せない凝部に、ヒヨリは相好を崩すと「凝部くん、可愛い」なんてとんでもないことを言ってくる。
「凝部くんはすぐそういうことを言うけど、私が本当に嫌がることはしないでしょ? だから大丈夫」
「……キミ、本当に俺の扱い慣れたよね」
「だって彼女だもん」
喜べばいいのか、悔しがればいいのか微妙な気持ちで返した言葉も、返り討ちにされて耳が熱くなる。
彼女に触れたいと思うのはいつだってあるけれど、同時に嫌われたくないという思いも強くて、初めてキスした時も彼女から好きという言葉を引き出してから行動していた。
だからヒヨリの見立ては正解で、それが彼女であるからなのか、過ごした時間故なのかは分からないけれど、嬉しいことではあった。ただ「可愛い」はいただけない。
「ねえ、本当に嫌? 僕に襲われるの」
「え?」
「ヒヨリちゃんは僕に触れたくない? 僕はキミのことが好きだから触れたい」
「あ……う……」
直球でぶつけると今度はヒヨリが言葉に詰まり、困ったように視線を泳がせた後に凝部を見る。
「……私も、凝部くんのこと好きだよ」
「うん、知ってる。でもそれじゃダメ。本当に嫌? 触れられたくない?」
「嫌じゃ……ない」
でも、と後の言葉が続く前にもう一度引き寄せ距離を詰めると、いっぱいにヒヨリの香りがして、ああやっぱり好きだなと強く思う。
「ヒヨリちゃんの抱き心地最高☆」
「……恥ずかしいよ」
「そう? だってすごく柔らかくて、あたたかくて、いい香りがして気持ちいいし」
「だから、凝部くんは言葉にし過ぎ!」
恥ずかしそうに身を縮めながらも背に手を伸ばしてくれるのが嬉しくて、反面これってやっぱり据え膳だよね~と心で呟く。
女の子は好きだけど付き合ったのはヒヨリが初めてで、だから正しい男女交際なんて分からないけれど、好きなら触れたくなるのは人間の本能らしいし。
触れられるのは嫌じゃないというなら、つまりは触れて欲しいってことで合ってるの?
そもそも親のいない彼氏の家に遊びに来て、ゲームをやるだけなんて思う方がどうなんだろう等と考えれば、やはり据え膳だと頭に浮かんで。
ちらりと視線を落とせば、同じく上目遣いに覗きこもうとしているヒヨリに気づき、腕を緩めて唇を重ねる。
ヒヨリとキスをしていると気持ちよくて、愛しくてついその姿を見れば、目をつむって完全に自分に身を委ねてくれているのが分かって離れられなくなる。
(あ~ダメだ……ほんと……ヤバい)
どうしてこんなにヒヨリとのキスは中毒性があるのか。
一度触れるとまた触れたくなって止められない。
止められずに続けると理性が飛びかけて、自分が何をするか分からないなんて。
途切れないキスに息苦しかったのだろう、はぁ、とこぼれた吐息の悩ましさに、気づけばまた唇を重ね合わせ……触れた舌の感触に全身に痺れが走った。
自分の心臓の音しか聞こえなくて、ただキスを止められない。
夢中で舌を絡め続けていると、小さな声が耳に届いて。
ハッと理性を取り戻すと、くってりとヒヨリが力なく身を預ける。
「ヒヨリちゃん大丈夫?」
「……ダメ……」
「え?」
「頭真っ白で……全身ドキドキして……」
それはさっき凝部が感じていたものと同じで、「あ~もう!」とヒヨリの肩に顔を埋める。
「あのさ……そういうこと言うのやめてくれる? 吹き飛ばされた理性取り戻すの大変なんだけど?」
「したのは凝部くんじゃない」
「あーうん、そうなんだけど。「いい」なんて言われたら飛ぶでしょ、普通」
元々人と深く関わるようなことがなかったから、こんなふうに感情を揺さぶられるのは慣れてなくて、ヒヨリに振り回されてばかりだった。
「部屋で男と二人きりなんて普通は警戒しない?」
「そんなこと言ったら凝部くんと二人で会えないよ」
「そうなんだけど! なんで僕がキミに注意してるかな。これって本当はキミがするもんだよね?」
自分でも支離滅裂だと思っていると、クスクスとヒヨリが笑う。
「私、凝部くんのことが好きだよ」
「だから……」
「キスするのも、嫌じゃないから」
「…………っ」
笑顔で爆弾を投げ込んでくるヒヨリに、凝部の方が白旗を上げて、赤らむ顔に視線を泳がす。
(これ、「襲う」をキスだけって絶対勘違いしてるでしょ)
思春期男子がそれで済むわけないことを理解してない可愛い彼女に、いつ教えるべきかで悩む凝部だった。
【お題:恋したくなるお題さまよりお借りしました】
20181215