タイムリミットの恋人

ソウヒヨ2

授業の終わりを告げるベルに、教師の退出と同時に騒がしくなる教室。
そんなありふれた光景につまらないと思わなくなったのは、隣に座る存在があるから。

「凝部くん、今日も情報局に行くの?」

「今日はやめとくよ。さすがに疲れた……」

連日出入りしているためのヒヨリの確認に、わざと疲れたアピールに机に突っ伏すと、微かな吐息にその胸の内を知る。
もっと一緒にいたいと、そう思ってくれることが嬉しくて、なのに苦しいと思う矛盾は、この世界に帰ってからずっと抱えているものだった。

(嬉しいのに苦しいなんて……なんでだか)

可愛くて優しい彼女。不満なんてひとつもなくて、授業を真剣に受けるその横顔を眺めているだけで幸せだというのに、どうしてこんな思いに駆られれるのだろう。
失われた記憶に特にこだわっているのは、凝部とヒヨリ。元々「忘れる」ということに対して潔癖なまでに拒否感を示す彼女だが、もしかしたら彼女にも深く関わりのある人間だったのかもしれないと密かに思っていた。

(ヒヨリに忘れられるなんて、僕だったら耐えられないな……)

以前、冗談めかして話したことがあったが、もしもそんなことがあったら必死に思い出してもらおうと、手を尽くすだろう。

「……っつ」

浮かんだ思いに走るノイズ。またかと顔をしかめるも、これは必要な痛み。失った記憶を取り戻すために必要なもの。

「……ねえ。この席、なんで空席だったんだろ?」

「え? そういえばそうだね。転校した子のかな?」

「…………」

転校した生徒。その事実はあるが、果たしてそれが正しいのか。そう思案を巡らせていると、ヒヨリの苦しげな声が聞こえて、頬に手を添える。

「大丈夫?」

「うん……でもこれ……」

眉を寄せて考え込むヒヨリを見つめながら、先程の考えは正しいのではないかと思う。
『DEAD END』になった者は、存在した記録さえ消され、すべてを忘れられる。もし、そうやって「彼」も消されていたのだとしたら?
思い出すことはヒヨリの負担にしかならないと、前回の異世界配信の始めに見せられた彼女の友人だった過去のキャストの『DEAD END』の瞬間を見た時を思い出して唇を引く。

(それでも……忘れちゃいけないんだ、俺は)

思い出すと決めたから。負けっぱなしは許せないから。
目の前な柔らかな存在を抱き寄せながら、戻ってから何度と誓った思いを新たにした。

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