「本当の裏切り者が分かった以上、誰も犠牲になる必要なんてない!本当に俺達を裏切っていたのは、プロデューサーなんかじゃなく……本当は……!!」
声を張り上げ叫んで必死に訴えて。けれども辺りが真っ白になって、もう覆せないことに憤る。
ようやく勝算が見えたと、そう思ったあの時。
裏切り者が誰なのか、俺は分かっていたはずだった。
「……っつ」
もしもプロデューサーを当てていたのなら、全員の帰還が叶ったはず。――その前の配信のように。
(その前? 本当にあの時もプロデューサーを見つけて帰還したのか?)
だったら記憶がないのはなぜか?
異世界配信のことを隠したいなら、あんなふうに噂が出回ることはない。だったら記憶を消す必要などないはずだった。けれども確実に欠落している。
「記憶を失ったのは、前回だけじゃなかったんだ……」
前回も、その前も失った記憶。それは同じ人のものなのか?
相変わらずの頭痛に、けれども諦めるつもりなどなく抗って、今度こそはと手を伸ばす。瞬間、光が弾けて目を閉じて。再び開いた目の前に佇む一人の男。自分と同じくらいの年格好。無愛想な空気は、けれども困ったように下がる眉に、彼の人の良さが滲み出ていた。
「くそっ……なんで……こんなの一度で十分なのに……なんで……!!」
「言っただろ。お前が思い出してくれて嬉しかった。それだけで意味があったんだ」
「意味なんて分かるかよ……そんなの勝てなきゃ意味ないだろ!?」
「意味はあったよ。ここでお前らと過ごした時間のすべて……楽しかったよ、本当に」
ダメだと必死に叫ぶが、彼が自身を諦めてしまっていることが分かって苦しくなる。なぜ、どうしていつも自分を犠牲にするのか。なぜまた彼を助けられないのか。
「それじゃ……ダメなんだ」
ダメってどうしてなんだ?
何がダメなんだ?
「だから……あいつの隣は、お前に譲るよ」
光が弾ける直前に聞こえた声に、あぁと後悔する。
彼がダメだと言った理由。
それはきっと――。
「俺の……せい、だったのか」
目が覚めて、全身に浮かんだ汗が額を滑る。
彼がダメだと言った理由。
それは――。
「俺が、横やりを入れたから」
どうしてヒヨリに思い出して欲しいと願ったのか、その理由が分からなかった。からかう意図はあったが、そのキーワードが出る必然性がなかった。そのキーワードが必要だったのは彼。自身を犠牲にして他のメンバーの帰還を願った仲間。
「彼から俺が奪った……」
ヒヨリに思い出して欲しいと、切実に願った彼。
自分と同じように失われた記憶に苦しむヒヨリ。
未だ断片的ながら思い出す彼の記憶と、自分の過ち。
「負けっぱなしってなんだよ……そんなの俺の方じゃん」
演じられなかったドラマ。鳴り響く警告音。けれども罰ゲームを受けたのは、自分ではなく彼。だから、もう一度この忌まわしい異世界配信に参加した。心残りが何かも思い出せず、けれどもどうしようもなく急き立てられて。
――なのに、また救えなかった。
目を取り戻して、心残りを解決して。次こそラスボスを倒して全員生還、とゲームクリアを間近にして見誤った。
帰還にはポイントを貯める以外にも条件があった。卑劣な罠。一人か、一人以外の全員か。その前にも迫られた選択に、迷わずに自身以外を選んだ彼。今回も同様の選択に、黒幕以外の全員が戻ればいいと、そう訴える凝部に諦めを浮かべた彼は、それではダメなんだと言った。
あの状態では叶わなかった彼の帰還。キーワードは『ヒヨリが思い出す』こと。それに横やりを入れて、俺が奪った。彼の帰還を阻んだ。こみ上げる後悔と怒りが体を巡って蝕んで、痛くて苦しくて叫びたくなる。
『あいつの隣は、お前に譲るよ』
恨み言のひとつも言わないで、一人秘密を抱えて犠牲になった彼。誰からも忘れられて、一番思い出して欲しかった彼女にも忘れられて、今も一人あの世界に取り残されて苦しんでいるのだ。
「負けていい勝負じゃないのに、負けっぱなしは俺の方だろ……!」
見落とした。だから彼をまた救えなかった。勝つまで何度でも勝負を挑むと、そう言いながら忘れて。忘れないと、負けないと言いながら、再び失っていた。
バングルを操作してメッセージを送ると、即座に返ってくる。それを確認するとベッドを出てカーテンを開ける。浮かぶ月は一つ。けれどもきっと彼は、今も二つの月を見上げているのだろう。
「もう終わりだ。終わりにしないと……」
呟いて、グッと胸元をかきいだく。返さなければいけない。本来彼がある場所へ。――彼の居場所を。
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