タイムリミットの恋人

ソウヒヨ2

「今日は来ないかと思ったよ」

「僕がいなくて寂しかった? ごめんね、でも僕はいつだってキミのことだけ思ってるよ。だからこの胸のなかに飛び込んでくれていいんだよ?」

午後の授業からやってきた凝部に、ヒヨリは眉を下げると嘘つき……と呟く。

「私のことだけなんて嘘。……何か思い出せたの?」

それなら教えて欲しいと、真剣な眼差しに笑みを消すと、本当にキミは勘がいいよねと観念する。

「いくつか思い出したんだ……彼のことを」

「彼?」

「うん。不器用で素っ気なくて、でも優しくて……誰よりキミを大事にしてた。キミに思い出して欲しいって、泣きそうな顔で願ってた」

「思い出して欲しい……ってそれは凝部くんが……」

「違うよ。僕も言ってたけど、それは彼に便乗した嘘。キミに思い出して欲しいって、そう願っていたのは……メイちゃんだよ」

口にした名に……真実に、記憶を探るヒヨリが苦しむ。本当はこんなふうに苦しませたくないし、思い出させたくない。迫るタイムリミットに胸が痛んで苦しいけれど、もう逃げるわけにはいかなかった。

「……っつ」

頭を抱えて苦しんでいたヒヨリがしゃがみこんで、更なる苦痛をこぼした瞬間目が見開かれた。

「……お墓……金魚……忘れないって……皆が忘れても私だけは忘れないって、そう言ったのに」

校庭の片隅に埋めて、度々お墓参りをしていたと。その時一緒にいた人がいたと、頭を抱えながらノイズと戦うヒヨリに、バングルを操作すると1枚の写真を見せる。

「……その人って彼じゃない?」

意識がなく閉じられた瞼に面立ちしか分からない彼に、けれども食い入るように見つめていたヒヨリの体が崩れる。

「ヒヨリちゃん!」

「……陀宰、くん」

「!!」

「一緒にお墓参りして、すぐに忘れるって言った彼に私は反発して、そんなことないって、私だけは忘れないって、そう言ったのに……」

浮かぶ涙は自責の念。
不可抗力でもきっと忘れた自分が許せないのだろう。

「他にはない? メイちゃんの思い出したこと」

「制服……」

「制服?」

「陀宰くんが着ている制服、私達と同じだった。もしかして陀宰くんは私達と同じ学校で……もしかしたらクラスメイトなの?」

ヒヨリの問いに返せる答えは凝部にはない。二年になってから一度も学校に来ていなかったし、凝部の記憶している名簿に彼の名前はなかった。けれども、消されるのは記憶だけではなくその存在すべて。ならばこの空席は――。

「そういうことか……」

思い出して欲しいと、ヒヨリに願った陀宰。クラスメイトなら自分を記憶していると思ったからか?

(違うよね……)

積極的にヒヨリに構うことはなかったが、彼女が苦しんでいる時や困った時に手を差しのべていた。そして――。

『あいつの隣は、お前に譲るよ』

隣にいたかったのはお前だろ?
なんで譲ったんだよ。俺の横やりなんか気にしないで、ヒヨリに思い出してくれともっとねだれば良かったのに。

(でも、それがメイちゃんなんだよね……バカだよ、キミは)

きっとヒヨリを好きだったのに、横やりを入れてかっさらった凝部を恨むことなく、任せると隣を譲った。

「……凝部くん?」

心配する声に、本当はこんなふうにそばにいたのは彼の方だったのにと、ずっと感じていた痛みの正体を知る。そう、俺は知っていたんだ。ここは自分の居場所じゃなく、彼のものだったんだと。奪い、忘れて幸せを感じていた。そんな自分がどうしようもなく許せなくて、頬が濡れるのを止められない。そんな自分の涙を優しく拭うぬくもりが手放せない。

(好きだよ……キミが好きなんだ)

声に出来ずに胸の中で呟いて、頬を拭う手を握る。

「終わりにしよう。今度こそ。メイちゃんを迎えに行ってくるよ」

犠牲になんてさせない。あんな終わりは二度もいらない。彼に居場所を返さなければ。これ以上彼から奪い続けるのは許せないから。

「私も行く」

「……え?」

「凝部くんは陀宰くんを迎えに行くんでしょ? だったら私も行くよ」

「何言ってるの? ようやく戻って来れたのにまた行くなんて正気?」

茶化して怖がらせて嫌だって言わせたいのに、彼女が引かないことなんて分かりきってて、それぐらいヒヨリと共に過ごしていたことが分かって唇を噛む。

「射落さんも推奨しない方法だよ? 情報局が掌握してるって言っても、まだプロデューサーからすべての権限を奪えたのかも分からないし、もしかしたら帰ってこれないかもしれないんだよ?」

「それでも凝部くんは行くんでしょ?」

問いを否定できずにいると、全身をぬくもりに包み込まれて、遅れて彼女に抱き込まれてることが分かって苦笑する。俺の彼女はこういう子だったと、ただ甘えるだけじゃないヒヨリを振り返ると手を差し出す。

「それなら一緒に行こうか? 手を取り合ってメイちゃんをお迎えに☆」

「うん」

力強く頷くヒヨリに覚悟を決める。
タイムリミットが近づいていることを心に秘めて。

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