「今日は来ないかと思ったよ」
「僕がいなくて寂しかった? ごめんね、でも僕はいつだってキミのことだけ思ってるよ。だからこの胸のなかに飛び込んでくれていいんだよ?」
午後の授業からやってきた凝部に、ヒヨリは眉を下げると嘘つき……と呟く。
「私のことだけなんて嘘。……何か思い出せたの?」
それなら教えて欲しいと、真剣な眼差しに笑みを消すと、本当にキミは勘がいいよねと観念する。
「いくつか思い出したんだ……彼のことを」
「彼?」
「うん。不器用で素っ気なくて、でも優しくて……誰よりキミを大事にしてた。キミに思い出して欲しいって、泣きそうな顔で願ってた」
「思い出して欲しい……ってそれは凝部くんが……」
「違うよ。僕も言ってたけど、それは彼に便乗した嘘。キミに思い出して欲しいって、そう願っていたのは……メイちゃんだよ」
口にした名に……真実に、記憶を探るヒヨリが苦しむ。本当はこんなふうに苦しませたくないし、思い出させたくない。迫るタイムリミットに胸が痛んで苦しいけれど、もう逃げるわけにはいかなかった。
「……っつ」
頭を抱えて苦しんでいたヒヨリがしゃがみこんで、更なる苦痛をこぼした瞬間目が見開かれた。
「……お墓……金魚……忘れないって……皆が忘れても私だけは忘れないって、そう言ったのに」
校庭の片隅に埋めて、度々お墓参りをしていたと。その時一緒にいた人がいたと、頭を抱えながらノイズと戦うヒヨリに、バングルを操作すると1枚の写真を見せる。
「……その人って彼じゃない?」
意識がなく閉じられた瞼に面立ちしか分からない彼に、けれども食い入るように見つめていたヒヨリの体が崩れる。
「ヒヨリちゃん!」
「……陀宰、くん」
「!!」
「一緒にお墓参りして、すぐに忘れるって言った彼に私は反発して、そんなことないって、私だけは忘れないって、そう言ったのに……」
浮かぶ涙は自責の念。
不可抗力でもきっと忘れた自分が許せないのだろう。
「他にはない? メイちゃんの思い出したこと」
「制服……」
「制服?」
「陀宰くんが着ている制服、私達と同じだった。もしかして陀宰くんは私達と同じ学校で……もしかしたらクラスメイトなの?」
ヒヨリの問いに返せる答えは凝部にはない。二年になってから一度も学校に来ていなかったし、凝部の記憶している名簿に彼の名前はなかった。けれども、消されるのは記憶だけではなくその存在すべて。ならばこの空席は――。
「そういうことか……」
思い出して欲しいと、ヒヨリに願った陀宰。クラスメイトなら自分を記憶していると思ったからか?
(違うよね……)
積極的にヒヨリに構うことはなかったが、彼女が苦しんでいる時や困った時に手を差しのべていた。そして――。
『あいつの隣は、お前に譲るよ』
隣にいたかったのはお前だろ?
なんで譲ったんだよ。俺の横やりなんか気にしないで、ヒヨリに思い出してくれともっとねだれば良かったのに。
(でも、それがメイちゃんなんだよね……バカだよ、キミは)
きっとヒヨリを好きだったのに、横やりを入れてかっさらった凝部を恨むことなく、任せると隣を譲った。
「……凝部くん?」
心配する声に、本当はこんなふうにそばにいたのは彼の方だったのにと、ずっと感じていた痛みの正体を知る。そう、俺は知っていたんだ。ここは自分の居場所じゃなく、彼のものだったんだと。奪い、忘れて幸せを感じていた。そんな自分がどうしようもなく許せなくて、頬が濡れるのを止められない。そんな自分の涙を優しく拭うぬくもりが手放せない。
(好きだよ……キミが好きなんだ)
声に出来ずに胸の中で呟いて、頬を拭う手を握る。
「終わりにしよう。今度こそ。メイちゃんを迎えに行ってくるよ」
犠牲になんてさせない。あんな終わりは二度もいらない。彼に居場所を返さなければ。これ以上彼から奪い続けるのは許せないから。
「私も行く」
「……え?」
「凝部くんは陀宰くんを迎えに行くんでしょ? だったら私も行くよ」
「何言ってるの? ようやく戻って来れたのにまた行くなんて正気?」
茶化して怖がらせて嫌だって言わせたいのに、彼女が引かないことなんて分かりきってて、それぐらいヒヨリと共に過ごしていたことが分かって唇を噛む。
「射落さんも推奨しない方法だよ? 情報局が掌握してるって言っても、まだプロデューサーからすべての権限を奪えたのかも分からないし、もしかしたら帰ってこれないかもしれないんだよ?」
「それでも凝部くんは行くんでしょ?」
問いを否定できずにいると、全身をぬくもりに包み込まれて、遅れて彼女に抱き込まれてることが分かって苦笑する。俺の彼女はこういう子だったと、ただ甘えるだけじゃないヒヨリを振り返ると手を差し出す。
「それなら一緒に行こうか? 手を取り合ってメイちゃんをお迎えに☆」
「うん」
力強く頷くヒヨリに覚悟を決める。
タイムリミットが近づいていることを心に秘めて。
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