特別

琥月9

「お花ちゃん! 久しぶり!」
「お久しぶりです、琥春さん」

琥太郎の姉・琥春の姿を見つけ、月子は前の席に座るとぺこりとおじぎをした。
琥春から電話がかかってきたのは数日前。
美味しいケーキ屋があるからそこでお茶をしないかと誘われ、今日待ち合わせたのだった。

「う~ん、お花ちゃんは可愛いわね。大学生になってますます綺麗になったんじゃない?」

「琥春さんの方がずっと綺麗です」

「ありがとう。でもそんなことないわ。お花ちゃん、本当に綺麗になったもの。これじゃあ、琥太郎が心配するのも頷けるわ」

「琥太郎さんが?」

思いがけない言葉に驚くと、琥春は楽しそうに微笑む。

「ねえ、お花ちゃん。知ってた? 琥太郎が嫉妬してること」

「え?」

「お花ちゃんは可愛いから、星月学園にいた頃もいつも傍に男の子がいたでしょう?」

「あれは、星月学園に女生徒がいなかったから……っ」

「それもあるけど、お花ちゃんの魅力が男の子たちを惹きつけていたのよ」

月子の周りにいたのは、幼馴染の錫也と哉太、それと同じ天文科のクラスメイトに、彼女が所属していた弓道部のメンバー。
あとは生徒会メンバーと、それぞれ関わりのある者ばかりで、月子には琥春の言うことはピンとこなかった。

「そういうちょっと鈍感なところも可愛いのよね。私だって抱きしめたくなるもの」
隣に座っていたのなら本当に抱きしめそうな勢いの琥春に苦笑すると、お姉さんの表情をした琥春が月子を見た。

「ねえ、琥太郎はお花ちゃんに想いを伝えてる? あの子、面倒がり屋でしょう? まさかとは思うんだけど、お花ちゃんに好きだとか、可愛いとか、思ってるのに伝えてないんじゃないかって心配で」

「そんなことないです。琥太郎さんは……ちゃんと伝えてくれてます」

「ふふ、お花ちゃんはやっぱり特別なのね」

「あの、琥太郎さん……『以前』は違ったですか?」

琥太郎がもてていたというのは本人からも聞いたことがある。
ということは、当然今までに付き合っていた彼女がいたはずで、つい琥春に尋ねてしまった。
過去の琥太郎の恋愛遍歴を知りたいわけではなかったが、琥春が何をもって特別だと思ったのかが気になったのだ。

「そうね……。女の子って、好きになったらいつでも会いたいと思うものだけど、琥太郎はそういうのが煩わしいみたいで、面倒だってよくこぼしてたのよ」

面倒……琥春の言葉に、月子は顔を曇らせる。
それほど琥太郎に何かを強いたりはしていないと思うが、もしかしたら面倒だと思っていることに気づかずにいたら?、と不安が込み上げてきた。

「お花ちゃんは大丈夫よ。惚気こそ聞いても愚痴なんて聞いたことないもの」
「そう、でしょうか?」

琥春も忙しい身なので、たまたま聞く機会がなかっただけかもしれない。
そう考えるとますます不安になって、月子はどんどん気落ちしていった。――と。

「姉さん。こいつをあまり苛めないでくれよ」
後ろから聞こえた声に振り返ると、そこにはいるはずのない琥太郎の姿。

「琥太郎さん!?」

「あら、私がお花ちゃんを苛めるはずないでしょう? 琥太郎の行いが悪いのよ」

「人のいないところで勝手な話を聞かせていたのは、姉さんだろう?」

ため息交じりに息を吐くと、月子の隣に腰を下ろした琥太郎に、月子は驚き彼を見た。

「あの、琥太郎さんがどうして?」

「昨日、姉さんと会うと言ってただろう? 仕事が早く終わったから、俺もまざろうと思ってな」

「お花ちゃんとの逢瀬を邪魔しに来たんでしょ? まったく……本当に独占欲が強いんだから」

姉弟の応酬に、一人ついていけずに瞳を瞬く月子に、琥春はフフッと微笑んだ。

「お花ちゃんに会いたかったんですって」
「え?」
「姉さん」
「本当のことでしょう? 人をだしに使ったくせに」

楽しげに二人を見る琥春の瞳は優しく、月子は琥太郎を見つめた。

「仕方ないからお花ちゃんは譲ってあげるわ。今度、ケーキをお土産に持ってきなさい」

「はいはい……」

「お花ちゃん、また会いましょうね。今度は琥太郎抜きで」
「俺を省いて何を吹き込むつもりですか」
「女には女だけの話があるのよ。ねえ、お花ちゃん」

「こいつに振らないでくれ」

じゃあね、と去っていく琥春を見送ると、月子は改めて琥太郎に向き直った。

「琥太郎さん、お仕事本当に大丈夫なんですか?」

「重要なものがないのは確認してきたぞ。……久しぶりに会った彼氏に仕事の心配するところがお前らしいな」
琥太郎に会ったのは先々週。

けれども琥太郎の仕事が立て込むと、一月会えないこともあった。

「会いたかったから会いに来た。ダメか?」
「そんなわけ、ないじゃないですか」

いつだって会いたいと思ってる。
けれども、琥太郎の立場も分かっているし、自分も学生の身で本分が学業である以上、制限されるのは仕方ない……そう自分を納得させていた。
それでも、本当は傍にいたくて。
毎日会いたい。そう思っていた。

「姉さんは何を言ってた?」
「その、琥太郎さんが面倒がりだって」
「はは、確かにそうだな」
「あの、本当は電話とか、面倒だったんじゃ……」
「俺は自分でやりたくないことを進んでやる性格じゃないぞ」

言外に『月子と話したいから電話をしてる』と伝えてくれる琥太郎に、けれども過去の琥太郎のことを聞いて、月子はそれが本心だと信じきれなかった。

「信じられないって顔だな」

「その、琥太郎さんの言葉が嘘だって思ってるわけじゃないんです。でも、本当に無理させているんじゃないかって……」

「お前は俺と話すのは面倒か?」

「そんなことないです」

「毎日会いたいと思ってる。だが、お互いそうもいかないだろう? 会えない時、声ぐらい聞きたいと思うのは俺だけか?」

優しい問いにふるふると首を横に振る。
同じなのだと、そう伝えてくれる琥太郎が嬉しくて、目頭が熱くなった。

「行くぞ」
「え? もうですか?」
「ここだとゆっくり話せないからな」

伝票を手に取ると、さっさとレジに向かう琥太郎に、月子は慌てて上着とバッグを持つとその後を追う。
月子の分までお会計を済ませてくれた琥太郎に、ありがとうございますとお礼を告げると手が差し出された。

「急だがお前の家でいいか? 俺の家だと姉さんがうるさいからな」
「はい。大丈夫です」

琥太郎の掌に重ねるとしっかりと握り返されて、そのぬくもりが嬉しくて笑みがこぼれる。

「無理して電話しているなんて二度と思わないように、俺がどれだけお前を好きか教えてやろう」

にっと笑う琥太郎は少し意地悪げで、けれどもそんな表情も愛しくて、月子はしっかり指を絡めた。
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