冬の恋人たち

琥月8

鈴の音とかしわでの音が、冷たく澄んだ空気を震わせる。
長い順番待ちの末にようやくお参りを済ませた月子は、神前から離れるとほぅと吐息をついた。

「疲れたか?」

「大丈夫です。でも、すごい人ですね」

「正月だからな。やっぱり家で寝正月にするべきだった」

「ダメです。一年の計は元旦にありっていうじゃないですか。もしかして琥太郎さん、毎年お参りさぼってるんじゃないですか? だから保健室で寝てばかりなんです」

「かもな」

悪びれず笑う恋人に、月子がもう、と呆れた瞬間、参道を歩く人にぶつかりバランスを崩した。 けれどもとっさに伸びた琥太郎の腕が月子を支えて、かろうじて転ばずに済んだ。

「大丈夫か?」
「は、はい。ごめんなさい。ありがとうございました」
「人が多いからな。ほら」
「え?」

支えられて態勢を整えると、手が差し出されて。
その手に、月子が戸惑いを浮かべた。

「手を出しなさい。この人混みだ。転んだら大変だからな」
「で、でも……」

本当はすぐにでも手を取りたかったが、つい躊躇ってしまったのは昨年まで先生と教え子という関係だったから。
もちろん、在学中と違って今は卒業したのだから、見られたとしても問題はないのだが、それでも今まで意識的に我慢していたので、癖のように人目を気にするようになっていた。

「なんだ? どうした?」

「あ、あの……気をつけるから大丈夫です」

「前は手を繋いでほしいって自分から言っていただろう?」

「あれは、熱を出して気が弱って……ッ」

「確か、小さい頃からそうしてもらっていたと言ってなかったか?」

「……琥太郎さんの意地悪」

恥ずかしさから顔を赤らめ俯くと、手を取られて。
そのあたたかさに頬が緩む。

「夜久。もう隠さなくていいんだ。これからはこうやって手を繋いでも咎められることはないからな」
「……はい」

一年前はできなかった、人前で手を繋ぐこと。
それが今は叶うことが嬉しくて、繋いだ指をキュッと握る。

「じゃあ行くか」
「どこに行くんですか?」
「なんだ、初詣が済んだらデートは終わりか?」
「………! そんなこと……」

そんな言い方ずるいです、と唇を尖らせれば優しい眼差しで見つめられて、頬に再び熱が灯る。
【星月先生】から【琥太郎さん】に。
変わった呼び方に、確かな関係の変化を感じ取る。

あの頃から変わらない――否、ずっと大きくなった琥太郎への想い。
大人なのにどこか脆くて、優しすぎる故に傷ついて、その痛みにずっと苦しんでいた月子の大切な人。
この人を幸せにしたい。
ずっと、ずっと。
少し筋張った指を握りしめながら、月子は想いを新たした。
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