離さない、離したくない

琥月4

ぶっと噴き出した星月に、月子は真っ赤な顔で頬を膨らませた。

「トマトだな」
「星月先生はいつも急すぎですっ」

琥太郎からのキスは不意打ちが多い。
だから月子はいつも驚かされ、そのたびにこうして顔を赤らめていた。

「お前に許可をとる方がいいのか?」
「……う。それは……恥ずかしいです」
「お子様」
「……どうせ子どもです」

キスをすると宣告されてするのもまた恥ずかしいもので、月子が眉を下げると星月は楽しそうに肩を揺らした。
確かに星月はいつも余裕たっぷりで、キスだけでこんなに動揺するのは月子だけ。
その違いが悔しくて……悲しくて。
月子はきゅっとスカートのすそを握りしめた。

「夜久。顔を上げなさい」
「…………」
「月子」

二人きりの時だけ呼ばれる名前に、月子はそっと顔を上げると、星月が手招いた。

「悪かった。お前が嫌なら不意打ちはしない」
「……別に嫌じゃありません。恥ずかしいだけなんです」
「そうか。安心した」
「星月先生?」
「もうお前にキスできないかと思った」
「……っ、そんなこと……」

慌てて否定しようとして、顔が近寄って。
再び重なった唇に、反論がすべて封じられる。

「夜久は可愛いな」
「……どうせ『お子様』です」
「なんだ? 拗ねてるのか?」

ついこぼれた不満を笑われて、月子の瞳に涙が浮かぶ。

「私は学生で、何も知らない子どもですから」

大人ならば、こんなことで動揺もしないのだろうし、並んで歩いても叔父と姪にみられることだってないのだろう。
先日のとある出来事は月子の胸に棘となって刺さっていて、それが星月の言葉に再び痛みをもたらした。

星月は大人で、女の人が放っておかないほど容姿もよくて。それに比べて、月子は親の保護を受けている学生で、文字通り『子ども』だ。
普段は気にしないようにしている不安がどんどん大きくなって、月子の瞳からポロリと涙がこぼれ落ちた。

「……そうだな。俺は大人で、お前は学生だ」
「…………」
「お前が嫌なら……仕方ないな」
「!」

ばっと顔を上げるとぶんぶんと首を振って、星月の白衣をぎゅっと握る。

「私は、星月先生が好きです」

「だが、俺じゃなければ、そんなふうに悩むこともないだろ?」

「悩んだっていいんです。釣り合わないって言われても、私は星月先生が好きだから。だから、星月先生が離れてしまうのは嫌です」

星月は月子のことを考えて身を引こうとしてしまう。それをわかっているから、月子は必死に手を伸ばした。
星月が離そうとするのなら、月子が離さない。
同級生じゃなくたっていい。切ない思いをしたっていい。星月が、好きだから。

「夜久……」
「だから、先生が私を離そうとしても離れません。私は、星月先生の傍にいたいんです」

絶対に離さない……そう意志を込めて白衣を握りしめていると、星月が苦笑して。
ふわり、と腕の中に抱き寄せられた。

「……ああ。すぐに逃げ出す俺を、そうやって捕まえててくれ」
「はい。絶対離しません」

白衣を離して背に腕を絡めると、抱き寄せる腕の力が強くなる。
不安はある。
年の差が気にならないと言えば嘘になる。
それでもこの手を離したくないから。
初めての恋に戸惑いながら、月子は必死に愛しい人を抱きしめた。
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