星に願いを

琥月3

今夜はおうし座流星群が極大になるそうですよ。一緒に天体観測をしませんか?
そう月子から誘われ、星月は仕事を切り上げると屋上へ向かった。

「冷えるな……」
「もう立冬も過ぎましたから。それに星月先生、その恰好じゃ寒いの当たり前です」

白衣の上に薄いカーディガンを羽織っただけの星月に、月子は慌てて持ってきていたブランケットを彼にかけた。

「大丈夫だ。お前が冷えるぞ」
「私は着込んできたから大丈夫ですよ」

柔らかなセーターは確かに暖かそうだが、足元はいつも通りのスカートで、星月はブランケットを広げると後ろから抱くように包み込んだ。

「ほ、星月先生っ?」
「こうすれば二人とも暖かいだろ」
「それは、そう、ですけど……」
「ドアは理事長権限で鍵をかけた。安心しろ」

二人の関係は卒業するまで秘密――それ故に人目を気にしている月子に、星月は微笑み抱き寄せた。

二人が付き合い始めて一年余り。
デートでどこか出かけることもほとんどできず、学園であっても一教師としてしか接することは出来ず、月子にはずいぶん寂しい思いをさせてしまっていた。
そのことに彼女が不満を言ったことはなかったが、それはただ我慢しているだけであることはわかっていた。

「おうし座流星群は火球が流れることもあるんですよね?」

「ああ。元々おうし座流星群はゆっくり流れる方だから、明るくてわかりやすいと思うぞ」

「今日は北の方が流れやすいから、あっちですね」

嬉しそうに星空を見上げる姿は、星好きの星月学園の生徒らしく、星月はああ、と頷き寝転んだ。

「身体が冷えちゃいますよ?」
「ずっと上を見上げてるのは、首が疲れるからな」
「先生、おじさんくさいです」
「おじさんだからな」

あっさり肯定すれば、慌ててそんなことないですよ、と否定する姿が可愛くて、腕を引くと隣りに抱き寄せた。

「せ、先生……っ」
「お前を抱いてれば暖かいだろ?」
「……私は抱き枕じゃありませんよ」
「もちろんだ。お前は俺の恋人、だろ?」

顔を傾け、唇を重ねれば、一瞬のうちに真っ赤になって。胸がほっと暖かくなる。
有李を傷つけたままで失ったあの時から、星月は自分は恋をしないと決めていた。
あんなひどいことをした自分が幸せになる資格などないと、そう自身を咎め、縛りつけていた。

そんな呪いのような自己暗示を解いたのは月子。
突き放しても追いかけて求めて、最後には星月の心をどうしようもなく捕えていた。

「……あ!」
暗闇を横切る一瞬の光に、月子が声をあげる。

「流れ星、流れましたね!」
「ああ」

嬉しそうに振り返る月子に微笑んで、その身体を抱きしめる。

「願い事はしたのか?」
「………忘れてました」
「ははっ、お前らしいな」

今思い出したと、がっかりした表情を浮かべる月子に、宥めるように頭を撫でてやりながら優しく問う。

「流れ星に何を願いたかったんだ?」
「……秘密です」
「なんだ、俺には言えないようなことなのか?」
「願い事は口に出したら叶わないって、よく言うじゃないですか」

幼少の頃に東月にでも聞いたのだろう、幼い言葉に、わずかに胸が疼くのを感じながら、月子の頬をそっと撫でる。

「俺に叶えられることなら叶えてやるぞ?」
「大学合格って言ってもですか?」
「それは無理だな」
「やっぱり」
「なんだ、願い事はそれなのか? 他力本願なんて夜久らしくないな」
「受験生は藁にもすがるんですよ」

もっともな主張に笑うと、拗ねて膨らんだ頬を撫でて、額にキスを一つ落とす。

「これ以上受験生を連れだして風邪をひかせたら、星に願うどころじゃなくなるな。ほら」

身を起こして手を差し出すも、月子はその手を取らない。

「夜久?」
「……もう少しだけ、星月先生と一緒にいさせてください」

それは彼女が口にした、珍しい我儘。
教師として、医者としては、もうダメだとその願いに首を横に振るべきだろう。
けれども恋人のささやかな願いをむげにすることは出来なくて、彼女の隣に寝転ぶと、その身体を抱き寄せた。

「5分たったら部屋に戻るんだぞ」
「……ごめんなさい。ありがとうございます」
「謝るな。……俺も、お前と一緒にいたいんだから」

普段口にすることの出来ない本音を告げれば、はにかむ笑顔がこぼれて。
星に願うのなら、どうかずっと彼女の傍に……そう、心の中で呟いた。
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