ふと外を覗くとそこには月子と、同じクラスの男子がいて。楽しそうに笑い合う姿に、ざらりと胸がざわめく。
今でも思うことがある。
月子には自分よりも、いつでも傍にいて支え、守ってやれるやつの方がいいんじゃないかと。
けれど月子は絶対に頷かない。
琥太郎がいいのだと、絶対この手を放さないと、必死に腕を伸ばして抱き寄せるから、琥太郎もまた彼女を手放せない。
本当は手放したくなどないのだから。
彼女はどう思っているかわからないが、琥太郎はこれ以上ないほどに愛しく思っていた。
だからこそ、相手の幸せを考えて不安になる。
自分が教師で、彼女が生徒である以上、二人の関係は公に出来ず、月子が卒業するまでは決して明かせない関係。
どうしようもない年の差が、自分達を大きく隔てていた。
同い年なら、目の前の男子のように彼女の側に当たり前のように寄り添って、共に笑い合うことができるのだろう。
共に課題に取り組み、共に授業を受け、食事を共にする。
そんな同級生ならば当たり前に出来ることを羨んでいる自分に琥太郎は気づいて苦笑する。
「重症だな……」
寂しいというのなら抱きしめてやりたい。
触れていたい。
そういうことを面倒だと思っていたのに、月子にだけはそんな思いは欠片もなくて。
いつだって傍にいたい、彼女の存在を感じていたいと、そう思う。
名残惜しい気持ちを振り切って窓から離れると、仕事をするために理事長室へと歩いていく。
理事長と保険医の二足のわらじをはくことは決して楽ではない。
それでも、どちらも選びましょうと言った月子の言葉に決断したのは自分。どちらも自分にとって大切なものなのだから。
「あいつと一緒にいられるように頑張るか」
学生である月子と、教師である琥太郎が一緒にいられる時間は、放課後のわずかな時間。
けれどもそれは二人でいられる貴重な時間。
だからその時間を守るために、琥太郎は積み上げられた仕事に取り掛かる。
ようやくさばき終わった頃には時計は3時を示していて、待ち望んでいた逢瀬の時間に椅子から腰を上げた。
保健係に生徒会・弓道部と、月子も忙しない学園生活を送っており、いつでも琥太郎に会えるわけではない。
けれども今は学期末試験のために部活は休み、生徒会も間近に迫ったイベントはなく、彼女が保健係として琥太郎の元を訪れる条件が重なっていた。
保健室のドアを開けると、そこにはまだ待ち望んだ彼女の姿はなく、あくびが一つこぼれ出た。
「昨夜も遅かったからな……」
少しだけ横になるかとベッドに寝転ぶと、心地よい睡魔に誘われる。
そうしてまどろんでいると、ふと人の気配を感じて目を開けた。
「来てたのか……」
「あ、星月先生。起きたんですね」
「起こしても良かったんだぞ。今、何時だ? ……4時半か。少しのつもりだったんだけどな」
「お仕事忙しいんですか?」
「ああ、ちょっと急ぎの仕事があったんだ」
「お茶淹れますね」
「いつもの渋くてマズイ茶を頼む」
「もう、そんなこと言うと淹れませんから!」
「はは、そう怒るな。俺はあのお茶が好きなんだからな」
拗ねながらもお茶の用意をしてくれる月子に、ベッドから椅子へと移動する。
「……部屋を片付けてくれたのか」
「この前片付けてからまだ日が経ってませんよ。星月先生、もう少し片付けるようにしてください」
「悪い悪い」
「全然気持ちがこもってません」
「そう目くじら立てるな。……おいで」
可愛らしく頬を膨らませる姿に微笑み手招くと、一瞬躊躇う間の後に近寄る月子。
腕が届く距離になったところで引き寄せると、転がり落ちてきた少女の額に軽いキスを落とす。
「……っ、星月先生、誰かに見られたら……っ」
「一応人の気配は確認した。……嫌だったか?」
「……そんなふうに聞くのはずるいです」
「はは、悪い悪い。上書きしたくなってな」
「上書き?」
「今日、直獅に頭を撫でられてただろ」
「星月先生、見てたんですか?」
「たまたまな」
「でも、陽日先生はキスなんてしてませんよ」
「当たり前だ。お前にキスしていいのは俺だけだろ?」
「……はい」
頬を赤らめる月子に微笑んで、今度は唇にキスをする。
子供じみた独占欲だと自覚しながら、それでも彼女に触れるのは自分だけであって欲しい。
そんな思いが、琥太郎をつき動かす。
「……星月、先生……」
「……そんなに可愛い顔は他のやつらには見せるなよ?」
「……星月先生にしか見せません」
「それはよかった」
頬を染めて、潤んだ瞳で自分を見上げる姿は文句なしに可愛くて、愛しさが溢れると同時に不安も抱く。
だから冗談めかして告げた言葉は、まぎれもなく琥太郎の本心で、受け止められた想いに微笑み、軽いキスを交わして身を放す。
本当はいつまでも彼女を抱きしめていたいし、キスをしていたい。
けれどもこの先も彼女と共に歩くことを望むなら、今はこの関係を知られてはいけない。
未来のために今を我慢するもどかしさを懸命に飲みこんで、せめてもと偽りのない想いを月子に伝える。
「お前を愛してるよ」