「えっと……刻んだチョコをボウルに移して、お湯を……あつっ!」
お菓子作りの本を見ながらの作業に、うっかりヤカンの持ち手ではなく本体に触れてしまい悲鳴を上げる。
その拍子にチョコを入れたボウルが落ちて、床に刻んだチョコが散らばってしまった。
「はぁ……」
散々たる状況にこぼれるため息。
バレンタインには錫也に手作りのチョコを……と始めたチョコ作りだったが、ダメにしてしまった材料に目尻に涙が浮かぶ。
「私、どうしてこんなに不器用なんだろう……」
自分が決して器用ではないことはわかっていたから、何度も何度も本を読み返して、材料も多めに用意して取り組んだチョコ作り。
それでも結局ダメにしてしまい、情けなさに唇を噛む。
そんな時、鳴り響いた携帯電話。
手に取ると、ディスプレイに表示されていたのは、大好きな人の名前。
「………はい」
『……月子? 何かあったのか?』
「錫也……」
電話越しだというのに月子の様子が普段とは違うことを敏感に察した錫也。
そういうところは昔から変わらなくて、堪えていた涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
事情を説明するとそっちに行くから待ってて、と電話が切れて、しばらくした後部屋のチャイムが鳴った。
ドアを開けて錫也の姿を見た瞬間に気が緩んで、再び溢れてきた涙に、錫也がぎゅっと抱きしめてくれた。
「よしよし……」
「錫也……っ、私……一生懸命頑張って……」
「うん……悔しかったんだよな」
「…………っ」
宥めるようにぽん、ぽん、と背中を撫でる手に身を委ねて。
ひとしきり泣いた後、ようやく錫也を部屋の中へと案内する。
「ごめん……散らかってて」
「いいよ、気にしなくて。二人で片付ければあっという間だろ?」
「ありがとう、錫也」
慣れた手つきでボウルを拾い、散らばったチョコを布巾でかき集めてと、錫也と一緒に惨状を片していく。
綺麗になった部屋で錫也が淹れてくれたお茶を飲んで、ようやく気持ちが落ち着いてきた。
「片付けにお茶まで淹れてもらって……ごめんね」
「こーら、謝らないの。お前は一生懸命頑張ったんだろ? それに、俺のために頑張ってくれたことが嬉しいんだ」
「……うん」
それでも結局チョコは作れず、錫也の手を煩わせただけの結果に、どうしたって気持ちは落ち込む。
「なあ、月子。チョコ、一緒に作らないか?」
「え?」
「俺も、お前に作ろうと思って材料買ってあるんだ」
「でも……」
「お前からチョコを貰えるのはもちろん嬉しいよ。けど、お前と一緒に作ったものなら、作っている間もずっとお前の側にいられる」
「錫也……」
「だから、俺にその幸せな時間をくれないか?」
「……うん、ありがとう錫也」
優しい提案にようやく笑顔を浮かべると錫也がほっと微笑んで。唇に、柔らかなキスが落とされる。
「す、錫也……」
「お前が可愛くて我慢できなかった。じゃあ、行こうか」
「え?」
「お前の部屋にこれ以上長居は出来ないし、二人でやるには少し狭いから、食堂を借りて作ろう」
差し出された手をとると、錫也の部屋に寄って材料を持って食堂へ向かう。
普段から食堂のおばさんたちと仲がいい錫也の願いに快く借りることができ、並んでチョコ作りを始めた。
丁寧に教えてくれる錫也のおかげでなんとか形になったチョコに、月子は改めて錫也にお礼を言う。
「ありがとう、錫也。ラッピングするから、改めてもらってくれる?」
「もちろん。楽しみにしてるよ」
微笑んで、差し出されたのはホットチョコ。
「錫也?」
「残ったチョコでさっき作ったんだ。お前、好きだろ?」
「うん。ありがとう、錫也」
「どういたしまして」
生クリームに刻んだチョコが振りかけられたホットチョコは、心までもあたたかくしてくれて。
優しい彼氏にふわりと笑みが浮かぶ。
「俺ももらっていい?」
「もちろん。はい」
マグカップを差し出すも、なぜか錫也は受け取らず。
不思議に思い、見つめると、ちゅっと唇にキス。
「お前からもらうともっと甘いね」
「……錫也、ここだと人に見られちゃうよ」
「いいよ。月子が俺の彼女だって、みんなに見せつけられるから」
「す、錫也……」
「冗談だよ。お前が笑ってくれたのが嬉しくて」
そう言われたらそれ以上文句を言うわけにもいかず、月子は赤らんだ頬を誤魔化すようにホットチョコを口に運んだ。
バレンタインには誰よりも甘いチョコをあなたに。