「お、お嬢様~待ってください~」
ぜいぜいと息を切らせるルカに、フェリチータは呆れたように小さく息を吐いた。
「ルカ、体力なさすぎ。ほら、もう少しだから頑張って」
「は、はい……」
「やっぱりその籠、私が持とうか?」
「いいえ。それだけは従者としても男としても譲れません!」
今日のランチとドルチェが入った籠を見ると、ぶんぶんと激しく拒絶された。
アルカナ・デュエロ、そしてヴァスチェロ・ファンタズマでの出来事後、ようやく取れた休日にフェリチータは二人である場所へ行きたがった。
「ふ~……ようやく着きましたね」
坂を登り切り疲労感を滲ませるルカに、フェリチータは笑みを浮かべ空を見上げた。
ふきつける風がうっすら浮かんだ汗を冷やして気持ちがいい。
「それにしてもどうしてこんなところへ?」
「ルカの体力アップのため」
「え……!?」
確かに『ヴァスチェロ・ファンタズマ』では体力のなさを露呈させ、ルカはがくりと肩を落とした。
「お嬢様……まだ怒っているんですね」
「あとはね、リベルタに教えてもらったの。ここなら街を一望できるって」
フェリチータに嬉しそうに促され、隣りに立つ。
かなりの高地で周りに眺望を邪魔するものもなく、レガーロ島全体が見渡せた。
「綺麗だね」
「はい」
16歳までは『運命の輪』を無意識に使うことを恐れた両親によって、島の片隅の小さな家でスミレとルカの三人だけで暮らしていたフェリチータ。
そんな彼女が今、こうして広い世界を体感している。
その事実がとても嬉しかった。
「さあ、お嬢様。ランチにしましょう」
「わあ、美味しそう!」
「ふふ。食後にはお嬢様のお好きなリモーネパイもありますよ」
「……違う」
「はい?」
ムッと下から睨まれて一瞬うろたえるも、すぐに彼女が何を不満に思っているかに気づき、ルカは微笑みお茶を差し出した。
「どうぞ、フェリチータ」
名前で呼ぶと、ふわりと広がる笑顔。
アルカナ・デュエロを経て変わった関係のおかげで、ルカはこうして彼女を名で呼ぶことが許された。
今までは従者としてはっきりと線引きをしていたため、自分の恋心にさえ目を背けていたルカにはこの上ない幸福だった。
「食べたら少し特訓しよう?」
「ええっ!? ここで、ですか?」
「うん」
にこりと微笑まれたら嫌と言えるはずもない。
何より、それはルカを想っての提案なのだから。
「わかりました。それではシエスタの後にしましょうか。食後すぐに動くのはあまり良くありませんからね」
「うん」
素直に頷いてくれるところは幼少の頃と変わりなく、パニーニをほうばる姿に微笑みが浮かぶ。
「ルカは本当に料理が上手だよね。今度また教えてくれる?」
「もちろんです。そうですね……何がいいでしょう。フェリチータは手際が良いのできっと何でもすぐ覚えられますよ」
「そうかな」
自分自身甘いものが好きなのでドルチェは良く作っているが、料理はついついルカに任せてばかりだった。
「……もちろん、最初の味見は私に許してくれるのでしょう?」
「うん」
フェリチータが料理を作りたいのはルカに食べさせたいから。
だから迷うことなく頷くと、ルカは本当に幸せそうに微笑んだ。