服の裾を掴む

ルカフェリ5

幼い頃、絵本で読んで憧れた王子様。
絵本の中の王子様は優しく微笑んでいて、ルカみたいだと、そう思ったこともあった。
けれども王子様はお姫様を迎えに来るもの。
ずっと一緒に暮らしているルカは、だから違うのだと、そう彼から教えられてからはルカは違うと思うようになっていった。

けれどもルカはずっとフェリチータの王子様だったのだと、恋心を自覚した今ならわかるから。
アルカナ・デュエロを経て恋人に変わってなお、変わらない彼の態度に不安と不満が膨らんでいく。
ルカが傍にいてくれるのは嬉しい。
けれども、彼はもう従者じゃない。だから――。

「お嬢様?」

つん、と服の裾を引くと、きょとんと振り返ったルカ。
いつものようにお茶の支度をして、少し話しておやすみなさいと、当然のように去ろうとした彼を捕まえて、頬をぷくりと膨らませる。

いまだにルカはフェリチータのことを『お嬢様』と呼ぶ。
仕事の時は公私分けるものだと、それでいいと思っていたが、今は仕事も終わり、恋人として接しているのだ。

「えーと……怒っています、よね?」
「うん」
「あの……私、何かしましたか?」

そんな覚えはないのですが……と、戸惑うルカにしたと頷けば、「ええっ」と焦る彼に眉を吊り上げる。
『した』とも言えるし、『していない』とも言えるが、全くわからないルカには実力行使あるのみだと、先日悟ったフェリチータは椅子から立ち上がると、彼の首に腕を絡めてちゅっと唇を押しつける。

「……またですね。すみません」
「ルカのバカ」
「はい。バカです」

フェリチータの行動で彼女が何を不満に思っていたのか察したルカは、頬を染めると彼女の腰を引き寄せて、ふわりと優しいキスを落とす。

涙を浮かべて愛していると伝えてくれたにもかかわらず、ルカはこちらが拍子抜けするほど態度が変わらなかった。
まあ、より一層傍にいたがり、世話を焼きたがるようになったが、それは恋人と言い訳して過保護がひどくなっただけ。
大切に思ってくれるのは嬉しいが、今までのように大切な家族として、お嬢様として接してほしいわけではない。
そのことを伝えても、お前は乙女かとデビトに揶揄られたように恥ずかしがるルカに、しびれを切らすのはいつもフェリチータだった。

「ルカは……嫌いなの?」

「そんなことありません。ただお嬢様にこんなふうに触れるなんて思ってもいなかったので、どうしても照れくささが勝ってしまうんです」

「また」

「え?」

「呼び方。私はルカのなに?」

じとりと半眼で見つめると、普段なら帽子のつばを引いて目を伏せるルカ。
けれども今日は先手を打って身動きを封じたので、首に絡められた彼女の腕を払えず、恥ずかしそうに呟きが返る。

「貴女は私の……アモーレです」
「ルカのバカ」
「はは……すみません。またデビトに『それでもレガーロ男か』って叱られちゃいますね」
「うん」

別に王子様が迎えに来なければいけないわけではないのだとわかったから、こうして自ら手を伸ばして、王子様に愛を乞う。
ルカに求めるのは家族の愛じゃないのだから。

「でもフェリチータ? 私も男ですから、こんなふうに夜に誘われたら止まれなくなってしまうかもしれませんよ」
「?」

ルカの言いたいことがわからずに首を傾げると、再び唇が下りてきて。
それをいつものように受け止めて……いつもと違うことに気がついた。
啄むように繰り返される優しいキスが、今は一度も離れなくて。
触れたルカの舌の感触にびっくりして、逃げかけた腰はけれども抑え込まれ、いつの間にか頭の後ろに回されていた手に顔も反らせず。

「……ん……ふ……ん…ぅ……」

こぼれ落ちる鼻にかかった甘い声に、何が起きたかわからない。
いつの間にか終わった長いキスに、くてりと彼の肩に身を預けていたフェリチータは、びくりと身を震わせた。

「フェリチータ……」
「……っ」
「愛してます」

しっとりと、耳から全身に広がる低い声に、下肢がじわりと熱くなる。
それがなんだかわからなくて戸惑いを浮かべると、困ったように微笑んで、ルカがゆっくり身を離す。

「すっかり夜も更けてしまいましたね。そろそろ寝ないと明日の仕事に差し障ります。おやすみなさい、お嬢様」
「うん……」

では失礼します、と部屋を出ていったルカに、フェリチータはぼんやりしたままベッドに寝転ぶと、そっと唇に指を伸ばす。

「身体が……熱い……」

初めて感じた疼きにどうしていいかわからず、しばらく天上を見つめ続けた。
その頃、彼女の部屋を去ったルカは、彼女に宿った情欲の艶やかな表情を目にして同じく眠れぬ夜を過ごしていた。
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