半分の本気

ルカフェリ29

【12月6日】
デビトやパーチェと賑やかな誕生日パーティを過ごした後、部屋へ戻ってきたフェリチータはプレゼントを用意して、ルカが来るのを待っていた。

誕生日当日までルカがフェリチータの世話を焼くのはどうかとも思ったが、13年間従者として接してきた彼にとっては落ち着かないらしく、お茶の用意をしてきますと厨房へ向かったルカを素直に見送った。

「お待たせしました。今日は特別なリモーネパイを作ってみました! 最後の隠し味に必要なのはお嬢様からのとびっきりのアモーレです!
……って、あれ? もしかして恥ずかしいこと言ってますか、私?」

にこにこ、とびきりの笑顔でパイを差し出すルカに、呆れたようにじとりと目を細める。
ルカのこうした言動は日常茶飯事とはいえ、やはり呆れるのは仕方ないだろう。

「お嬢様? あの、呆れてますよね?」
「うん」
「す、すみません。ちょっと浮かれてしまいました」

デビト達とのパーティがそんなに楽しかったのかと納得しかければ、違いますよ? と微笑まれて、疑問を視線にのせるとその顔が嬉しそうにほころんだ。

「今朝、お嬢様のお部屋を伺った時に、お祝いを告げてくれましたよね? ……恋人に一番に言祝いでもらえたことが幸せだったんです」
「…………っ」

確かに今朝、いつものように起こしに来てくれたルカに、おはようと共におめでとうと言祝いだ。それをこんなにも喜んでくれているのが面映ゆくて、フェリチータは頬が赤らむのを感じながらプレゼントを手渡した。

「私にですか?」
「うん」

用意していたプレゼントを差し出せば、さらに幸せそうに微笑むルカ。
大切に、ゆっくりと包装を紐解いていく様子を見守っていると、贈り物の中身を見た彼が驚きに目を丸くした。

「もしかしてお嬢様が作ってくれたんですか?」

ルカが手にしているのは、落ち着いたモスグリーンの手袋。
昨年、初めて編み物をしたフェリチータは、さすがにルカのように手袋を編むことは出来ず、マフラーを贈っていた。
だから今年こそはと、メイドトリアーデの三人に協力してもらい、何とか五本指の手袋を編むことに成功したのだった。

「ルカのように上手には出来なかったけど、よかったら使って」

「もちろんです! お嬢様、ありがとうございます。大切にしますね」

愛しげに手袋を胸元に抱いて目を伏せたルカに、フェリチータは彼が持ってきたリモーネパイを手に取ると、一口分をフォークで切ってはい、と差し出した。

「お、お嬢様っ?」
「……最後の隠し味は私のアモーレなんでしょ?」

普段だったら恥ずかしくてやらないが、こんなにも喜んでくれたルカに、もっと喜んでほしいと欲が出たフェリチータは、気恥ずかしさを感じながらもあーんとフォークを口元に運ぶ。
そんな彼女にルカも頬を染めると、口を開けてパイを食んだ。

「美味しいです。ありがとうございます……フェリチータ」
二人で顔を赤らめながら食べたリモーネパイは、普段よりも甘く、美味しく感じた。


「ねえ、ルカ」
「はい」
「ルカは私がこれを着たら喜ぶ?」

フェリチータがクローゼットの奥から取り出したのは以前ネーヴェに勧められた、大陸の王族を誘惑できるほど女性を魅力的に見せるという露出の激しい服。

「お、お嬢様……!?」

「半分本気、半分冗談って言ってたから、着てほしいのかと思って」

「……それは、今度こそ誘惑してくれるということですか?」

揺らめくアメジストの瞳に、フェリチータは昨年の誕生日の出来事を思い出した。
この服がどういう効果をもたらすのかは、あの後デビト達から聞いていた。
またいつものデビトの軽口かと流そうとしたが、パーチェにも言われるとそういうものなのかと実はひそかに悩みもしたのだ。
この手の事を今までルカが求めてきたことはなかったが、デビト達の話からも彼がかなり奥手であることはわかっていた。 けれども奥手と関心がないというのは別物らしい。

以前、これからもずっと一緒にいてほしいとそう告げた時、「それは、明日の朝まで一緒に、ということですか?」と返され、恥ずかしさについ蹴り返してしまったけれど、あれがもしも本音なのだとしたら?

フェリチータとルカは恋人。
いずれは夫婦となる関係。
そして、夫婦となる男女にはキス以上の事があることも教えてもらっていた。
だから。

「ルカが本当に誘惑して欲しいのなら……」
「お嬢様? 本気ですか!? 私の都合のいい夢じゃないですよね?」
「確かめてみる?」

ずいっと顔を近づければ、ルカの顔が赤らんで。
瞳の揺れが大きくなる。
それはYES? それともNO?

『そんなの、簡単さァ。アモーレたっぷりの夜』

『お嬢は、そういう顔するけど一番いいと思うんだけどな。結婚するまでは~なんて言ってるけど、ルカちゃんは喜ぶと思うよ?』

ルカが喜んでくれるならそうしたいと思うだけじゃなくて、この胸の奥の消えない熱が同じならば……きっとそれは、フェリチータ自身の望み。

ペリドットの瞳がどれほど甘く艶めいているか、フェリチータはわかっていない。
けれども、彼女の欲を受けて、刺激されて……ルカの欲も溢れてくる。
恋人に誘われて揺らがないわけがない。
彼女に触れたいと、まったく思ったことがないわけではないのだから。

それでも迷っていたのは、周囲にきちんと認められなくてはいけないと思っていたから。
それが叶った今なら――手を、伸ばしてもいいのだろうか?
頬で我慢したキスを唇にしても、離れ難い気持ちを振り切り部屋を後にすることがなくても許されるのだろうか?

「――ルカはどうしたい?」
「誘惑、してください」
こぼれた本音に、唇に重ねられた甘いぬくもり。
崩れゆく理性に、ルカは素直に身を任せた。
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