「みんながあなたの答えを待ってることは、忘れないであげてね」
そうスミレに告げられてからずっと、フェリチータは想いを寄せてくれる彼らのことを考えていた。
みんなが自分を大切に想ってくれていることはわかっている。
けれども自分はドンナで、ファミリーすべてを統べる者。
* *
「はぁ……」
ついついため息をつくと、カチャリ……と小さな音と共に差し出されるカップ。
「ルカ?」
「ハーブティです。少し休憩しませんか? ずっと難しい顔をしていましたよ」
「……ありがとう」
いつも誰よりもフェリチータの機微に気づき、こうして気遣ってくれるルカに微笑むと、カップを口に運ぶ。
「おいしい」
「ビスコッティもそうぞ。疲れている時には少し糖分をとる方がいいですからね」
「ルカったらジョーリィみたいなこと言ってる」
「な……っ! 私は別にあの人の真似をしているわけではなくてですね。糖分は本当に脳の神経を……」
「うん、わかってる」
微笑みながらビスコッティを手に取ると、ムキになったことを恥じるようにルカが帽子のつばを引いた。
「何かありましたか?」
「……ううん」
「お嬢様は少し働きすぎです。食欲も落ちていると、マーサも心配してましたよ?」
「ごめんなさい。今度からちゃんと食べるようにする」
「……お嬢様、何でも一人でこなそうとなさらなくていいんですよ。みんなで支え合う……それがファミリーなんですから」
まだドンナとなって日が浅いフェリチータは、とにかく必死に仕事をこなしていた。
それをはたから見つめていたルカは、いつでも手を差し伸べられるようにと心を砕いていた。
「ありがとう。ルカは優しいね」
「お礼なんて言わないでください。お嬢様の秘書として、主を気遣うのは当然のことです」
「ううん。ルカはずっと優しいもの」
あの小さな家にいた頃からずっと、フェリチータの傍で支えてくれてきたルカ。
人里離れ、会う人も限られたあの生活の中でフェリチータが笑顔を忘れずにすんだのはルカのおかげだった。
「恋、か……」
「お嬢様?」
「ねえ、ルカ。恋をするとどう変わるの?」
「そうですね……とても幸せな気持ちになれると思います」
「幸せな気持ち?」
「ええ。大切な人のことを想って、大切な人のために何をしてあげられるか考える。自分のしたことで相手が微笑んでくれたら、それはとても幸せなことだと思います」
そう答えるルカの顔はとても幸せそうで。
「ルカは恋をしているの?」
「……はい。ずっと一人のひとを大切に想っています」
「ルカに好きになってもらえた人は幸せだね」
「……どうしてそう思うのですか?」
「だって、相手のことをいつも考えて大切にしてくれる。そんなふうに想われて嫌な人はいないでしょ?」
「お嬢様……」
フェリチータの答えに揺れるアメジスト。
それは時折目にするルカの表情で、フェリチータは不思議そうに彼を見つめた。
「お嬢様はどうですか? ……私に想われても嫌、ではありませんか?」
「そんなことない。ルカに想われて嫌だなんて思わない」
「……お嬢様。以前、私が言ったことを覚えていますか?」
「ルカが言ったこと?」
「私は全ての人に優しくするわけではありません。お嬢様だから、こうして側に寄り添って、支えたいと思うんです」
「……うん。覚えてる」
それはアカデミア開校に向けて、学校の管理をルカにお願いした時の言葉。
「お嬢様は私に側に寄り添って支えて欲しいと、そう思いますか?」
「うん」
「……お嬢様、あの時に申し上げたはずですよ。自分の言葉が人にどういった影響を与えるのか自覚してください、と」
「心配……させてる?」
「全て私に向けられた言葉なら嬉しいだけなんですけどね」
「今のはルカに向けた言葉」
「お嬢様……」
ルカが何を伝えようとしているのかわからず、彼をじっと見つめると、不意に白い手袋に覆われた指先が頬を撫でた。
「本当に私に側に寄り添って支えて欲しいと望みますか? ……パーパやマンマのように」
「……っ」
ルカが言っている意味は、父と母のような関係……つまり婚姻を結びたいかどうか。
「無自覚なままでは私の心臓がもちません……フェリチータ」
「ルカ…」
「今すぐ結論を出す必要はありません。ですが、もう一度考えてみてください。あなたの側に寄り添って、支えて欲しいものは誰かということを」
「……うん」
「ハーブティー、淹れなおしますね」
「ありがとう」
すっと離れていく手のぬくもりを寂しいと、そう思いながら、フェリチータはルカに微笑み返した。
『その芽はもう、あなたの中にあるはずだから』