『私と結婚してください、フェリチータ』
タロッコを封印したあの日、ルカはそう告げてプロポーズしてくれた。
それはずっと待っていた言葉。
ルカへの想いが、彼のそれには叶わないかもしれないけれど、以前よりもずっとずっと深くなって。
傍にいてくれるのは嬉しい。
けれど、もっと……パーパやマンマのように傍にいられたら。
いつしかそんな想いを抱くようになっていた。
けれども……。
「はあ……」
不意にこぼれたため息に、共に巡回に出ていたコートカードたちが振り返る。
「どうしたの? お嬢」
「悩ましげなため息だね」
「俺たちで良ければ相談に乗るぞ?」
「……ありがとう。今は仕事に集中しないとね」
以前も同じように思い悩んで遅れをとったことがあった。
そのことを思い出して、フェリチータは気を引き締める。
「臨時の女王会、開こうかしら」
「……やめておけ」
「あら、アントニオは誘わないわよ?」
「ルカに睨まれるぞ」
「そんなの怖くないわよ。ね、お嬢」
「二人とも、ありがとう。でも、今日はやめておくね」
「つまんないわ」
「シモーネ」
諌めるアントニオとラファエロに微笑んで、フェリチータは巡回を続ける。
ルカと恋人になってから、こうして離れている時にルカを思うことが多くなった。
シモーネは離れている時間が愛を育てるというけれど、育つのは不安ばかりに思えてしまう。
『好きだから、大切だから……ついつい、心配しすぎてしまうんですよ』
以前ルカが言っていた言葉。
(本当にそうだね……ルカ)
ルカのことを信じていないわけではない。
自分との未来を考えてくれていることは、パーパとマンマに結婚の意思を伝えに行ったことでも分かっている。
それでも。
(早く……と思うのは、私だけじゃないよね? ルカ……)
すぐに戻ってしまう不安のループに頭をふると、フェリチータは剣の幹部の顔に戻った。
* *
「失礼します。今日は気持ちが落ち着くハーブティーにしてみました」
「……ありがとう」
「……昼間、何かありましたか?」
問いかけというよりは確認のようで、フェリチータはカップを手にしたまま俯いた。
いつだってルカは、こうしてフェリチータの不安に気づいてしまう。
だから一人思い悩むことも出来ないのだ。
「ルカは……」
「はい?」
「私を欲しいと思ったこと、ある?」
「え?」
「………………」
「あの……それは、その……どういう意味、でしょうか?」
「そのままの意味」
「……それが分からないからお聞きしているのですが」
それでもこれ以上自分から口を割る気がないらしい、と悟ってルカは懸命に考え始めた。
「……それは私がお嬢様の心だけでなく身体も欲しいか、ということでしょうか?」
「………っ」
それはフェリチータが思い描いていたことよりもずっと先の関係。
けれどもその先の未来にその関係が含まれていることも……わかっていた。
「お嬢様は私が欲しいと、思いますか?」
「……っ、質問に質問で返さないで」
「すみません。それでは……私がお嬢様を欲しいと思うか、でしたよね。……欲しいと思っていますよ」
「…………っ!」
「貴女と恋人になってからずっと思い続けています。……でも、焦ってはいません」
「……え?」
「ようやくパーパにも結婚を認めてもらえましたし、これからもずっと私たちは傍にいるでしょう? だから、今急く必要はありませんよね?」
「ルカ……」
「私はこうして今、貴女が私の隣にいてくれる。それだけで十分すぎるほど幸せなんです」
あますことなく向けられた想いに俯いて、ぎゅっとその身にすがりつく。
「……ごめん、ルカ。ルカが私のことを想ってくれているのはわかっていたのに……わかっていたはずなのに、私だけルカを求めてる気がして……」
「寂しかった、ですか?」
こくんと小さな頷きに、ルカは微笑むとちゅっとその額にキスをする。
「私も本当はずっとフェリチータの傍にいたいんです。こうして傍で、貴女の体温を感じたい。
この目に貴女だけを映していたいと、そんなことさえ思ってしまうんです」
「……それは困る」
「ふふ……はい、そうですね。だから、私もちゃんとお仕事を頑張っているんですよ。パーパやマンマ・ファミリーの皆に認められるように」
「うん」
フェリチータだけが大切なんじゃない。
フェリチータが大切にしているファミリーも大切にしてくれる、そんなルカだから、フェリチータは好きなのだ。
身を乗り出すと、少しでも疑ったことを詫びるように唇を重ねる。
大好きで、大切で、誰よりも……愛しい人。
「……あの、フェリチータ? もしかして私の理性を試してますか……?」
「?」
きょとんと小首を傾げる様子に、予想通りその意図は見られず。
苦笑を洩らすと、そっとその身を抱き寄せる。
「……『恋人たちの正しい場所』へ行きませんか?」
「……!」
それは以前、デビトが言っていたという言葉。
思わず足をあげかけて……蹴りに備えているルカの耳に、そっと囁く。
「……優しくしてくれる?」
「……………!!!!」
「……ルカ?」
破壊力抜群の一言に崩れ落ちる理性。
結婚も決まった今、式をあげるまではと自制していた心は、あっさりと白旗を上げた。
「……出来るだけ頑張ります」
自分の言葉がどれだけルカを煽ったかわからないフェリチータは無邪気に頷くと、その身を愛する人に委ねた。
アルカナ・ファミリア円卓の間。
集いし者はタロッコと契約し者たち。
「第9のカード、『レルミタ』」
「ああ」
「第14のカード、『ラ・テンペランツァ』」
「ここに……」
「そしておれ、第11のカード『ラ・フォルツァ』、全員いるな」
いつものように出欠の確認を取ると、デビト・パーチェ・ルカの幼馴染3人は本日の懺悔を行う。
「じゃぁ……本日の懺悔を行う。
我々は第21のカード『イル・モォンド』の求めに従い、この一日『レガーロ』のために尽くしてきた。
だが、我々の中にひとり、望ましくない選択をした者がいる。
その、罪深きひとりが誰であるのか――我が『アルカナ・ファミリア』の血の掟に従い、この……カードによって決議する。では……裁きを受けるべきものをカードで示せ」
場を取り仕切る『ラ・フォルツァ』ことパーチェの言葉に、全員が一枚のカードを円卓に置く。
「「「節制」」」
「全員採決で『節制』……って、『ラ・テンペランツァ』?」
円卓に出されたカードは、3枚とも『節制』。
つまりルカ自身も自分のカードを指し示したことになる。
「私が選ばれるのはわかってましたからね。それに、今の私はどんな罰も受けようと思うぐらい幸せですから!」
ふわり、ふわりと花舞う幸せオーラに、デビトがチッと舌をうつ。
「じゃあ、本人のご希望通りに罰を受けてもらおうか? いいぜ、入りなァ」
デビトの誘いに開かれたドアの先には、剣のコートカードの4人。
「ジョルジョ、シモーネ……ラファエロにアントニオまで。どうしてあなた方がここに?」
「それは、『ラ・テンペランツァ』の罰を行うのが彼らだからだよ」
「はい?」
「ルカには明日から一週間、俺たち剣の者と勝負をしてもらう」
「負けた時点でお嬢の恋人の座からは降りてもらうからね」
「はいいいい?」
「今回は皆も気合いが入っている」
「油断して気を抜くととんでもないことになるかもね」
「ちょ……ラファエロ、それはどういう意味ですか!?」
「だから、言ったでしょ? 負けた時点でお嬢の恋人の座は剥奪……って」
「なんですか、その理不尽な仕打ちは!」
「皆のお嬢に手を出したんだ。これぐらいは当たり前だろう?」
「はう…っ!」
「って~わけで、あとは任せたぜ?」
「はい。ルカ、明朝9時から始めるからな」
「ルカちゃん、頑張ってねー!」
にやにやと肩を叩いて出ていくデビトとパーチェに、コートカードたちもその後を追う。
「ルカ」
「は! お嬢様!今の聞きましたか? こんな理不尽な……っ」
「うん。頑張ってね」
「……お嬢様~」
頼りのフェリチータにも促されて、ルカはがくりと膝をつく。
この後、剣とルカの必死な攻防は一週間続いた。
【本日のみせしめ議題】
皆のお嬢をついに喰っちゃったよ、こいつ。
【罪人】
ラ・テンペランツァ→罪状:嫉妬