愛しい人

ルカフェリ24

『私と結婚してください、フェリチータ』

タロッコを封印したあの日、ルカはそう告げてプロポーズしてくれた。
それはずっと待っていた言葉。
ルカへの想いが、彼のそれには叶わないかもしれないけれど、以前よりもずっとずっと深くなって。
傍にいてくれるのは嬉しい。
けれど、もっと……パーパやマンマのように傍にいられたら。
いつしかそんな想いを抱くようになっていた。
けれども……。

「はあ……」
不意にこぼれたため息に、共に巡回に出ていたコートカードたちが振り返る。

「どうしたの? お嬢」
「悩ましげなため息だね」
「俺たちで良ければ相談に乗るぞ?」
「……ありがとう。今は仕事に集中しないとね」

以前も同じように思い悩んで遅れをとったことがあった。
そのことを思い出して、フェリチータは気を引き締める。

「臨時の女王会、開こうかしら」
「……やめておけ」
「あら、アントニオは誘わないわよ?」
「ルカに睨まれるぞ」
「そんなの怖くないわよ。ね、お嬢」
「二人とも、ありがとう。でも、今日はやめておくね」
「つまんないわ」
「シモーネ」

諌めるアントニオとラファエロに微笑んで、フェリチータは巡回を続ける。
ルカと恋人になってから、こうして離れている時にルカを思うことが多くなった。
シモーネは離れている時間が愛を育てるというけれど、育つのは不安ばかりに思えてしまう。

『好きだから、大切だから……ついつい、心配しすぎてしまうんですよ』
以前ルカが言っていた言葉。

(本当にそうだね……ルカ)

ルカのことを信じていないわけではない。
自分との未来を考えてくれていることは、パーパとマンマに結婚の意思を伝えに行ったことでも分かっている。
それでも。

(早く……と思うのは、私だけじゃないよね? ルカ……)
すぐに戻ってしまう不安のループに頭をふると、フェリチータは剣の幹部の顔に戻った。

 * *

「失礼します。今日は気持ちが落ち着くハーブティーにしてみました」
「……ありがとう」
「……昼間、何かありましたか?」

問いかけというよりは確認のようで、フェリチータはカップを手にしたまま俯いた。
いつだってルカは、こうしてフェリチータの不安に気づいてしまう。
だから一人思い悩むことも出来ないのだ。

「ルカは……」

「はい?」

「私を欲しいと思ったこと、ある?」

「え?」

「………………」

「あの……それは、その……どういう意味、でしょうか?」

「そのままの意味」

「……それが分からないからお聞きしているのですが」

それでもこれ以上自分から口を割る気がないらしい、と悟ってルカは懸命に考え始めた。

「……それは私がお嬢様の心だけでなく身体も欲しいか、ということでしょうか?」
「………っ」

それはフェリチータが思い描いていたことよりもずっと先の関係。
けれどもその先の未来にその関係が含まれていることも……わかっていた。

「お嬢様は私が欲しいと、思いますか?」

「……っ、質問に質問で返さないで」

「すみません。それでは……私がお嬢様を欲しいと思うか、でしたよね。……欲しいと思っていますよ」

「…………っ!」

「貴女と恋人になってからずっと思い続けています。……でも、焦ってはいません」

「……え?」

「ようやくパーパにも結婚を認めてもらえましたし、これからもずっと私たちは傍にいるでしょう? だから、今急く必要はありませんよね?」

「ルカ……」

「私はこうして今、貴女が私の隣にいてくれる。それだけで十分すぎるほど幸せなんです」

あますことなく向けられた想いに俯いて、ぎゅっとその身にすがりつく。

「……ごめん、ルカ。ルカが私のことを想ってくれているのはわかっていたのに……わかっていたはずなのに、私だけルカを求めてる気がして……」

「寂しかった、ですか?」

こくんと小さな頷きに、ルカは微笑むとちゅっとその額にキスをする。

「私も本当はずっとフェリチータの傍にいたいんです。こうして傍で、貴女の体温を感じたい。
この目に貴女だけを映していたいと、そんなことさえ思ってしまうんです」

「……それは困る」

「ふふ……はい、そうですね。だから、私もちゃんとお仕事を頑張っているんですよ。パーパやマンマ・ファミリーの皆に認められるように」

「うん」

フェリチータだけが大切なんじゃない。
フェリチータが大切にしているファミリーも大切にしてくれる、そんなルカだから、フェリチータは好きなのだ。
身を乗り出すと、少しでも疑ったことを詫びるように唇を重ねる。
大好きで、大切で、誰よりも……愛しい人。

「……あの、フェリチータ? もしかして私の理性を試してますか……?」
「?」

きょとんと小首を傾げる様子に、予想通りその意図は見られず。
苦笑を洩らすと、そっとその身を抱き寄せる。

「……『恋人たちの正しい場所』へ行きませんか?」
「……!」

それは以前、デビトが言っていたという言葉。
思わず足をあげかけて……蹴りに備えているルカの耳に、そっと囁く。

「……優しくしてくれる?」
「……………!!!!」
「……ルカ?」

破壊力抜群の一言に崩れ落ちる理性。
結婚も決まった今、式をあげるまではと自制していた心は、あっさりと白旗を上げた。

「……出来るだけ頑張ります」
自分の言葉がどれだけルカを煽ったかわからないフェリチータは無邪気に頷くと、その身を愛する人に委ねた。



アルカナ・ファミリア円卓の間。
集いし者はタロッコと契約し者たち。

「第9のカード、『レルミタ』」
「ああ」

「第14のカード、『ラ・テンペランツァ』」
「ここに……」

「そしておれ、第11のカード『ラ・フォルツァ』、全員いるな」

いつものように出欠の確認を取ると、デビト・パーチェ・ルカの幼馴染3人は本日の懺悔を行う。

「じゃぁ……本日の懺悔を行う。
我々は第21のカード『イル・モォンド』の求めに従い、この一日『レガーロ』のために尽くしてきた。
だが、我々の中にひとり、望ましくない選択をした者がいる。
その、罪深きひとりが誰であるのか――我が『アルカナ・ファミリア』の血の掟に従い、この……カードによって決議する。では……裁きを受けるべきものをカードで示せ」

場を取り仕切る『ラ・フォルツァ』ことパーチェの言葉に、全員が一枚のカードを円卓に置く。

「「「節制」」」

「全員採決で『節制』……って、『ラ・テンペランツァ』?」

円卓に出されたカードは、3枚とも『節制』。
つまりルカ自身も自分のカードを指し示したことになる。

「私が選ばれるのはわかってましたからね。それに、今の私はどんな罰も受けようと思うぐらい幸せですから!」
ふわり、ふわりと花舞う幸せオーラに、デビトがチッと舌をうつ。

「じゃあ、本人のご希望通りに罰を受けてもらおうか? いいぜ、入りなァ」
デビトの誘いに開かれたドアの先には、剣のコートカードの4人。

「ジョルジョ、シモーネ……ラファエロにアントニオまで。どうしてあなた方がここに?」

「それは、『ラ・テンペランツァ』の罰を行うのが彼らだからだよ」

「はい?」

「ルカには明日から一週間、俺たち剣の者と勝負をしてもらう」

「負けた時点でお嬢の恋人の座からは降りてもらうからね」

「はいいいい?」

「今回は皆も気合いが入っている」

「油断して気を抜くととんでもないことになるかもね」

「ちょ……ラファエロ、それはどういう意味ですか!?」

「だから、言ったでしょ? 負けた時点でお嬢の恋人の座は剥奪……って」

「なんですか、その理不尽な仕打ちは!」

「皆のお嬢に手を出したんだ。これぐらいは当たり前だろう?」

「はう…っ!」

「って~わけで、あとは任せたぜ?」

「はい。ルカ、明朝9時から始めるからな」

「ルカちゃん、頑張ってねー!」

にやにやと肩を叩いて出ていくデビトとパーチェに、コートカードたちもその後を追う。

「ルカ」
「は! お嬢様!今の聞きましたか? こんな理不尽な……っ」
「うん。頑張ってね」
「……お嬢様~」

頼りのフェリチータにも促されて、ルカはがくりと膝をつく。
この後、剣とルカの必死な攻防は一週間続いた。


【本日のみせしめ議題】
皆のお嬢をついに喰っちゃったよ、こいつ。

【罪人】
ラ・テンペランツァ→罪状:嫉妬
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