誕生日

ルカフェリ16

(アルカナ2発売以前に書いたものです)
「え? ルカちゃんの好きなもの?」
フェリチータの質問にパーチェとデビトは顔を見合わせると、そろってこう言い放った。

「そりゃお嬢でしょ」

「バンビーナだろォ」

「……ったた! お嬢、蹴らないで! 別にからかってるわけじゃなくて、だってルカちゃんの好きなものって言ったら、やっぱり一番はお嬢でしょ?」

「バンビーナがそんなことを聞く理由は……来月のルカの誕生日か?」

「うん」

こくんと頷くと、お嬢可愛いー! とパーチェに抱き寄せられかけて、再度蹴りを喰らわせた。
そう、来月の12月はルカの誕生月。
毎年一緒にお祝いをしていたけれど、今年は特別。
だって『恋人』になっての初めての誕生日なのだから。

「でも俺たちに聞くってことは、お嬢も他に浮かばなかったってことでしょ?」
「……うん」

そうなのだ。
ルカの好きなものといえば、誰もが口をそろえてまずフェリチータの名をあげる。
他にといえば、裁縫、錬金術とこれまた本人が楽しむもので贈り物としてあげることのできない内容。
ドルチェも好きだけど、それはお茶の時間にもよく作っていたし、できれば普段とは違う、何か特別なものをあげたいのが乙女心。

「バンビーナはルカが喜ぶモノをあげたいんだろ? だったらあるじゃねえか。あいつが一番喜ぶモノが」
「あー……デビト、もしかして?」
「お前でも分かるか」
「そりゃあね」
「?」

幼馴染の二人がそろって頷くものに何? と答えを促すと、にやりと笑って口にしたのは。

「バンビーナ自身だろ」
「私を食べて~ってお嬢に言われたら、ルカちゃん嬉しくてとけちゃうよ絶対」
「食べるって……なにを?」

にやにやと笑う二人に、しかしフェリチータは意味がわからず小首を傾げた。

「バンビーナァ、おとぼけはなしだぜ?」
「え? まさかお嬢、本当に意味分からないの?」
「? うん」
驚くパーチェに頷けば、デビトも唖然と見下ろした。

「あー……そういえばいつか王子様が迎えに来るって信じてたんだっけか」

「幼児期の刷りこみってすごいよね。でもこれだとルカちゃん、一生お嬢に手を出せないんじゃない?」

「ま、自業自得ってやつだな」

ルカを憐れんでいる二人に居心地の悪さを感じて、フェリチータはキッと睨みつけた。

「意味を知りたいか? だったら……教えてやるよ」

「デビト、やめといたほうがいいよ。ルカちゃんにばれたら殺され……」

「私にばれたらなんですか? パーチェ、デビト」

「!」

「うわっ! ルカちゃん、足音なかったよ!」

「あなたたちが話に夢中で気づかなかっただけです。それよりも、お嬢様に何をしようとしてたんですか」

「べ、べっつに~。ねえ?」

「ああ、楽しい課外授業ってやつだ」

「あなたたちから教わる必要などありません。どうせいかがわしいことしかありませんからね」

「ルカちゃんするどい。でもひっど~い」

「へ~へ~わかったよ。ま? メイドトリアーデにでも聞いてみるんだな、バンビーナァ?」

意味深ににやりと笑うと立ち去っていった二人に、ルカはきょとんとフェリチータを見つめた。

「お嬢様? デビトたちと何を話していたんですか?」
「……ルカにはないしょ」
「え!? お嬢様……!?」

ガーンとショックを受けるルカに、それでもルカの誕生日の贈り物について聞いていたなどと言えるはずもなく、フェリチータは逃げるようにその場から駆けだした。
後には打ちひしがれるルカの姿。

 * *

「え? 食べるってどういうことか、ですか?」
「食べるってご飯を食べる、じゃなくですか?」
「……お嬢様にそのようなことを教えたのは、もしかしてデビトですか?」

こくりと頷くと、やっぱりとメイドトリアーデが眉をつりあげた。

「お嬢様にそんなことを……本当に油断も隙もないんだから!」
「ルカの好きなものを聞いたの」
「ルカの好きなもの?」
「もうすぐ誕生日だから」

フェリチータの答えにああ、と納得すると、どういった話の流れでそんな内容になったのかが理解できた。

「でも、そういうことならあながちデビトの言うことも間違いじゃないんじゃない?」
「そうよね。お嬢様命のルカだもの」
「でも、素直にルカが手を出すと思う?」
「うーん……無理かも」

3人もデビトやパーチェ同様の反応に、フェリチータはそんなに自分はルカに気を使わせているのかと落ち込んだ。

「あ、お嬢様が悪いんじゃないんですよ」

「そうですよ。どちらかといえば、ルカが悪いんですから」

「そうね。純粋無垢にお育てしたのはほかならぬルカですものね」

「みんなはデビトの言った『食べる』の意味がわかるの?」

「そ、それは……」

「いくらお嬢様とはいえ、乙女の口からそんなこと言えませんよ」

顔を赤らめ頬を抑えるメリエラとイザベラに、ドナテラはそうだと慌てていくつかの本を持ってきた。

「本?」
「これにお嬢様が知りたいことが書かれています」
「借りていいの?」
「はい。頑張ってくださいね、お嬢様!」
「? うん。ありがとう」

何を頑張るのかは分からないが、とりあえず本のお礼を言うと、数冊の本を抱え自室へと戻っていく。

「これはスクープだよ!」

「ついにお嬢様とルカが主従の一線を越え……!」

「でも……ルカがね」

「でもでも! さすがのルカでもお嬢様から攻められれば断らないでしょ」

「もしお嬢様に恥をかかせるようなことがあったら、一生へたれ従者と呼んでやりましょう」

「うん!」

メイドトリアーデの密談に、廊下に盛大なくしゃみが響き渡った。

 * *

一方フェリチータは、早く贈り物を用意したいのに誰からも良いアドバイスを貰えず、ため息交じりに本を読み進めていた。

「これって恋愛小説だよね?」

ドナテラが貸してくれたのは恋愛小説。
絵本はよく小さい頃に読んでもらったがこういった読み物は読んだことがなかったと、フェリチータは不思議な面持ちでページをめくっていった。……と。

「!!」

半分ほど読み進めた辺りで、フェリチータはぱたんと音をたてて本を閉じた。
心通わせ合う主人公と恋人。
そうして二人は……。

「お嬢様?」
「!」
「お部屋に戻られていたんですね。……ん? 顔が赤いですね。もしかして熱があるんじゃないですか!?」
「ち、違うっ!」

慌てて近寄るルカに後ずさると、ルカは驚き瞳を瞬いた。

「お嬢様? ……あれ? この本は……」

「!」

「これは……今、女性に人気の小説ですよね」

「ルカ、知ってるの?」

「読んだことはありませんけどね。書店の店主がそう話していたな、と。お嬢様が買われたんですか?」

「ドナテラに借りたの」

「お嬢様がこういったものを読まれるのは珍しいですね。でも、本を読むのはいいことです。今、お茶をおいれしますね」

にこりと微笑み、いつものようにお茶の支度を始めるルカに、フェリチータはちらりと机の上に置かれた小説に視線を向けた。

(食べるって……)

思い出すだけで頬に熱が宿ってくる。
ルカとキスは交わしている。
けれど、それ以上を求めたことも、求められたこともなかった。
それ以上があることも知らなかった。

(ルカが知らない……ってことはないよね)

ルカは自分よりもずっと年上の、大人の男性。 そう頭で理解した瞬間、ざわりと胸がざわめいた。

「……お嬢様? お嬢様ー?」

「………っ!」

「考え込まれているようですがどうかなさいましたか? もし悩み事があるのなら、私でよければいつでも相談してくださいね」

「大丈夫」

「……わかりました。では何かあったらお声をかけてください」

フェリチータの感情に聡いルカは、これ以上問うても彼女が口を開くことはないと悟ったようで、それ以上追及することはなかった。
そうしてルカが立ち去った後、フェリチータは再度小説を手に取った。

(ルカは……本当に喜ぶの?)

確かに昔、モンドやダンテが来てくれることは贈り物を貰うのと同様に嬉しかったけれど、これはその時の想いと同じなのだろうか?
ルカが喜ぶのなら……そう思いながら、再びページをめくった。

 * *

「いらっしゃい、フェリチータ。今、お茶を淹れるわ。そこに座って」
「うん」

スミレの元を訪れたフェリチータは、椅子に座ると小さくため息をついた。

「あなたが悩んでいるのはルカのことかしら?」
「!」
「正確にはルカとあなたのことね」
「……うん」

ジャッポネでは有名な占い師だった母の千里眼に、フェリチータは意を決して顔をあげた。

「マンマは……パーパのことが好き?」

「もちろん」

「私も……ルカが好き」

「それはモンドや私に対する気持ちと同じかしら?」

「マンマやパーパも好きだけど……ルカの好きはドキドキする好きなの」

「そう……あなたも恋を知ったのね」

「恋……」

恋は1人では成立しない――リ・アマンティに言われたその言葉を、ようやくフェリチータは理解することができた。
ずっと一緒にいたから気づかなかった。
大好きで、大切で、傍にいるのが当たり前で。
ルカだけが特別なんだと、絶対に失いたくないのだと、自分が傍にいたい、いてほしいのだと、その想いが恋と呼ぶものなのだと気づいたのはアルカナ・デュエロの時だった。
瞬間、胸の内で歓喜の声が上がった。
それはリ・アマンティのもの。
フェリチータ自身気づかなかった恋心。
それこそリ・アマンティが望むものだった。

「あなたの望むようにしていいのよ。ルカを望んだのは、他ならないあなた自身でしょう?」
「うん」

アルカナ・デュエロの前に問われた時、フェリチータが答えたのはルカ。
運命の輪の力で元気を取り戻したモンドに、ずっとパーパの地位でいることを望んだ瞬間、一度は結婚の話はご破談になったけれど。
それでも、フェリチータがずっと一緒に……ただ一人の人として望むのはルカだけだ。

「モンドもいい加減我が儘を改めさせないとね。これじゃいつ孫の顔を見れるかわからないもの」

以前交際を報告しに行った時は、泣きながら岩塩を投げていたモンド。
ふふ、と笑うスミレに、その意味を理解できるようになったフェリチータは真っ赤な顔で俯いた。

 * *

そうして迎えた12月6日。
この日に合わせてルカと2人で休みを取っていたフェリチータは、突然のモンドの宣言に眉をつりあげた。

「今日は久しぶりにみんなで飲み明かすぞ!」
「パーパ! 今日は……」
「そうだ、ルカも30歳になったんだったな。お前も三十路か、あっはっは!」
「三十路って言わないでください!」

殺気さえ感じるモンドの笑い声にルカは半べそ状態、フェリチータは怒り沸騰。
しかしパーパの決定は絶対。
かくして2人きりでのお祝いは、ファミリーのパーティへと強制変更されてしまった。
せめてもとルカの傍にいようとするのにことごとく邪魔が入って、結局いつもの喧騒の中パーティが終了した頃には、どっぷり夜が暮れてしまっていた。

「……お嬢様? もしかしなくとも怒ってます……よね」

「ルカは怒らないの? 今日はルカの誕生日だったのに……」

「はは……まあ、パーパの気持ちもわからなくはないので」

怒るどころか、モンドを擁護するような発言にフェリチータは眉をつりあげると、プイッと顔を背けた。
今日のためにと用意した服も、リモーネパイも、全てが無駄になってしまったのだ。
彼女が拗ねるのも当然だが、何よりモンドの我が儘を許すルカの優しさが悔しかった。

「お嬢様」
「…………」
「今日は私の誕生日です。なので、一つだけお願いを聞いてもらえませんか?」

こう言われたら振り返らないわけにはいかない。
だって元々、お祝いをしようと考えていたのだから。
小さく息を吐いた後、ゆっくりと向き直ると、フェリチータの大好きな優しい微笑みが目に入った。

「今年の誕生日は私にとって特別でした。フェリチータと恋人になって初めての誕生日ですからね」

「……全然特別じゃない」

「特別です。フェリチータは私を祝ってくれるのでしょう?」

こくんと頷くと、首に腕を絡めて耳元で言祝ぎを贈る。

「ブォン・コンプレアンノ、ルカ」

「ありがとうございます。……フェリチータ。我が儘を言ってもいいですか?」

「うん」

「明日1日を、私に下さい。あなたと2人っきりで過ごすプレゼントが欲しいんです」

本当ならば今日叶えられた願い。
抱きしめると、うんと頷いた。

「あ、でも、明日は仕事……」

「マンマが今日のお詫びにと、もう1日お休みをくれたんです」

「マンマが?」

「だからタンスにしまってあるドレス、明日着て見せてくださいね」

「知ってたの?」

「ふふ。本当は私が作ったものを、と言いたいところですが……楽しみにしてますね」

「うん」

「ようやく笑ってくれましたね。そうだ、マーサがリモーネパイを届けてくれたんですよ」

「! それ!」

「はい、お嬢様が焼いて下さったものです。今日のパーティで食べられないようにと、マーサが隠しておいてくれたそうですよ」

てっきり食べられてしまったと思っていたので、フェリチータはマーサに心の中で感謝した。

「今、切り分けますね」
「私がやる」
「……では、お願いします」

素直に引き下がるルカに頷くと、ワゴンに乗ったリモーネパイを切り分け、お茶を添えてテーブルに運ぶ。

「美味しそうですね。ではいただきます。……うん、美味しいです」
「うん」

焼きたてのほんわりとした柔らかさはないけれど、それでもルカのことを想って作ったリモーネパイだから、2人で食べるととても美味しく感じられた。

「……フェリチータ。ありがとうございます。最高の誕生日です」
「ルカ、大好き」
唇についたリモーネパイの欠片を食むように口づけると、ルカは幸せそうにほころんだ。

 * *

「ふふ……スミレにこってりしぼられたようだな」

「ジョーリィ! 貴様の助言に従った結果がこれだ!」

「だが、お嬢様とルカが二人きりになることの邪魔はできただろう?」

「う……、それはそうだが……」

「そもそもお嬢様の邪魔をして嫌われないなどということが可能なわけがないだろう。
その中でも絶対阻止したいことは叶えられたんだ。
文句を言われる筋合いはないと思うが……?」

ふう、と煙を吐き出すジョーリィに、モンドは苦悩に顔を歪める。
母娘の話を盗み聞いたモンドが向かったのはジョーリィの部屋。
そこでジョーリィが与えた策が、今日の突発のパーティだった。

「だが俺はスミレに1週間も口を聞いてもらえないのだぞ!」

「それこそ仕様があるまい? 二兎追うものは一兎をも得ず……だ」

「うおおおおおおおおお!」

モンドの苦悩する声が屋敷にむなしく響き渡った。

 * *

「そういえばよォ、前から気になってたんだが、まさかあの年で女の経験がねえ……なんてことはないよなァ?」

「あーそういえばルカちゃんとそういう話ってしたことなかったよね。
ずいぶん前に誘った時も『お嬢様が待っているのに、そんなふしだらなことは出来ません!』とか言って逃げちゃったし」

「……まあ、なんとかなるか」

「……なんとかなるでしょ」

巷の女よりもよほどオトメな幼馴染に苦笑いを浮かべると、ブォンコンプレアンノとグラスを重ね、今頃愛しの少女と幸せを噛みしめてるだろう親友を祝した。
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