「失礼、シニョリーナ。こちらを落とされましたよ」
ハンカチを拾い手渡すルカに、一瞬見惚れた女性が頬を赤らめ礼を述べる。
その様を見ていたフェリチータは、もやもやとする胸に顔をしかめた。
「お嬢、どうかしたのか?」
「……ううん」
「もしかしてルカが他の女の人と話してるのに嫉妬しちゃった?」
「……!」
くすりと微笑むシモーネに、カッと頬を赤らめる。
「お嬢様? どうかしましたか?」
「……なんでもない。行くよ」
「? はい」
戻ってきたルカに何事もなかったかのように振舞うと、巡回へと戻る。
背に、先程の女性の視線を感じながら――。
* *
「お疲れ様でした。今日はレモネータにしてみました」
「……うん」
「お嬢様?」
いつもならありがとうと微笑むフェリチータの顔が曇っていることに、ルカは紅茶をテーブルに並べると向かいに座って彼女を見つめた。
「そろそろ教えてもらえませんか? 巡回の途中からずっと、何か考え込んでいましたよね?」
「…………」
幼い頃からずっと一緒にいるルカに隠し事はできない。
それでもこの気持ちをどう説明すればいいのかわからず、フェリチータは俯いた。
「剣の方々と何かありましたか?」
「?」
「顔を、赤らめていましたよね」
「……!」
シモーネに言われたことを思い出し再び頬を染めると、ルカの表情が変わった。
「彼らとどんなことを話していたんですか?」
「………っ」
「私には話せないようなことですか?」
「違う!」
「では教えてください。フェリチータ」
普段は今まで通りお嬢様と呼ぶくせに、不意打ちでこうして名前を呼ぶルカ。
それは彼が感情をあらわにする時だと、フェリチータは気づいていた。
「シモーネが……嫉妬してるって」
「嫉妬、ですか?」
「ルカがハンカチを拾ってあげた時、女の人はずっとルカを見つめてた。巡回に戻った後もずっと……」
あの時感じたもやもやが再度胸を覆い、きゅっと唇を噛む。
パーチェやデビトと四人でバールに出かけた時も、街の女の人は彼らに見惚れていた。
あの時はどうしてそんなにルカ達を見つめるのかがわからなかったけれど、それはきっとフェリチータがルカに抱く想いと似たものなのだろう。
嫌だと、思った。
ルカが他の女性を見つめるのも、微笑みかけるのも。
ルカはフェリチータの所有物ではない。
それでも嫌だと、そう思ってしまった。
今までフェリチータは誰かを厭うという感情を持ったことがなかった。
それは長年館を離れ、ルカとマンマ三人だけの生活を送っていたからというのもある。
けれどそれは、ただ一心に彼らの愛情を受け止めていたから。
だから嫉妬するということもなかったのだ。
「……どうして笑ってるの?」
ふと顔を上げると、ルカの顔に浮かんでいたのは笑み。
嘲笑われているのかとムッとすると、ルカが嬉しそうに口を開いた。
「嬉しいんです。フェリチータが嫉妬してくれたことが」
「どうして?」
「嫉妬するのは、それだけフェリチータが私を好きだと、そう思ってくれているからですよね」
ルカに指摘されて、初めて気がついた。
カアッと頬を赤らめると、白い手袋に覆われた掌が頬を包みこんだ。
「私の全てはフェリチータ、貴女のものです。この身体も、心も、全て」
「ルカ……」
「貴女が私の全てなんです」
近寄り傾く顔に、そっと瞳を閉じる。
優しい、唇。
重ね合わせるだけのキスに腕を伸ばして、もっととフェリチータから求める。
「……ん……フェリチータ……」
「私のもの、なんでしょう?」
「……はい」
嬉しそうに細められたアメジストの瞳が、胸のもやもやを消していく。
「ではフェリチータ。私にもあなたをくださいますか?」
等価交換です、と微笑むルカに、フェリチータは頷く代わりにもう一度唇を重ね合わせた。
私の全てはあなたのもの、あなたの全ては私のもの――。