La Nostra Felicita

ルカフェリ10

『あの頃は私の人生で一番穏やかで、無邪気な時間でしたね』
幸せそうに、本当に幸せそうに、そうパーチェ達と過ごした日々を思い返していたルカ。

『私の心が満たされていたのは、お嬢様とマンマと3人で暮らしていた頃なんです』

そうもルカは言ってくれたけど。
その言葉は偽りじゃないとわかっているけど。
それでも。
ルカの時間を奪ったのは……私。
『運命の輪』の力を暴走させることがなければ、ルカはもっと『穏やかで無邪気な時間』を過ごせたのだから。

 * *

「かくれんぼ、ですか?」
久しぶりの休日。
清々しいレガーロ晴れにフェリチータに連れられ外出したルカは、突然の提案に目を丸くした。

「確かにお嬢様が小さい頃にはよく遊びましたが……どうして今かくれんぼをしようと思ったのですか?」

「かくれんぼが嫌ならおままごとでも……木のぼりでもいい」

「木のぼりはダメです! お嬢様、今のご自分の格好を良くご覧になってください!」

今日のフェリチータの格好は常の黒のスーツではなく、ルカと一緒に選んだ真っ白のワンピース。
当然木のぼりなどもってのほかだと、大慌てで却下すると、唇を尖らせる姿に幼い頃の姿が重なって変わらないなと苦笑がこぼれた。

「……なら木のぼりじゃなくてもいいから、どれがしたい?」

「あの、一つ聞いてもいいでしょうか?」

「うん」

「どうしてそのような遊びをしようと思ったのですか?」

思いがけない行動の意を問うと、曇った表情にルカは驚き彼女を見た。

「お嬢様? え? 私、何かまずいことを言ってしまいましたか?」
「……ううん」

ふるりと首を振るも、やはり表情を曇らせたままのフェリチータに、ルカは優しくその手を取った。

「フェリチータ?」
「……ルカに『穏やかで無邪気な時間』を返してあげたかったの」
「え?」

フェリチータから返された答えは、けれどもルカにはその意味がよくわからない。

「ルカ、以前に言ってたでしょ? デビトやパーチェ、それにパーチェのお母さんのカテリーナさんと過ごしていた頃が一番穏やかで無邪気な時間だったって」
「は、い…確かに言いましたが……」
「その時間を私は奪ってしまったから」

辛そうに眉を歪めるフェリチータに、どうして今日このような事を言い出したのか、ルカははっきりと悟った。

「フェリチータ。『あの時』確かに私はカテリーナさんと過ごした頃が一番穏やかで無邪気な時間だったと言いました。
それは確かに事実です。
でも、私はこうも言いましたよね?
『私の心が満たされていたのは、お嬢様とマンマと3人で暮らしていた頃なんです』と」

「……うん」

言葉を重ねても一向に俯いたままの顔を掌で包み込むと、そっと目線を合わせてありのままの想いを彼女に伝える。

「私は貴女と過ごした日々を幸せに思えど、悔やんだことなど一度もありません。私の……何より大切な思い出ですから」

それはフェリチータにとっても同じだった。
無意識に使った『運命の輪』の力の代償で記憶を失い、両親と当たり前に一緒に過ごす日々を失い、島の片隅で隠れるようにマンマとルカの3人で暮らしていたあの頃。
パーパと毎日一緒にいれないことを寂しく思うことはあっても、それでも毎日笑って過ごせていたのはルカがずっと傍にいてくれたから。
大切な幼馴染と離れ、不便な生活を強いられたというのに、それでも笑顔を向けてくれていたルカがいてくれたからだった。

「だから貴女がそんなふうに心を痛めることなんてないんです」
「…………」

優しい、優しいぬくもり。
いつもこうしてフェリチータを包みこんでくれていたルカのぬくもり。
それがどんな代償の元に得ていたのかを、館に来てフェリチータは初めて知った。
どれほどルカに甘え、彼を縛っていたかを。
それでも……手放せない。
誰よりも大切な人だと、ずっと傍にいて欲しい人だとわかったから。

そっと手を伸ばすと、ルカと同じように彼の頬を包みこむ。
ルカをいっぱい幸せにしたい。
今まで彼がそうしてくれたように、フェリチータも彼に幸せをあげたいから。

「どうしたらルカを幸せにできる?」
「私は十分幸せですよ。貴女と共にいられるのですから」
「……ルカは欲がなさすぎる」
「そんなことありません」

小さくため息をつくフェリチータに微笑むと、顔を傾け柔らかくその唇を食む。

「こうして貴女に触れられる権利は、何にも勝る幸せでしょう?」

ずっと共に過ごしながらも、従者と主という一線を守り続けていたルカ。
彼にとってこうして想いを交わし、伝えあえることが何よりも幸せだった。

「……ん……ふぅ……ん……」
「……フェリチータ」
「……私も……幸せ」

言葉よりももっと伝わる想い。
それを唇越しに伝えてくれるフェリチータに、ルカは微笑み幸せを分け合った。
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