「Dolcetto o Scherzetto!」
錬金部屋にやってきた常とは異なる衣装を身に纏ったフェリチータの奇怪な行動に、ジョーリィはサングラスの奥の瞳を丸くした。
「……いったい何の真似だ? フェル」
「今日は10月31日だよ」
「……ハロウィン……か。それで喜び勇んでお菓子をねだりに来るとは、クックッ……お子様だな」
嘲るとカッと頬を染めたフェリチータがすかさず蹴りを入れてきた。
それをなんなく避けながら、さてどう対応したものかと思案する。
甘いものを好んではいるが、錬金部屋では飲食はしないようにしているため、ドルチェは今手元にはない。
では大人しく悪戯させてみるか?
純粋で他者に悪意の欠片も持たないフェリチータがどんな悪戯を考えるのか興味もある。
「あいにく今手元にドルチェはなくてね」
「じゃあ悪戯だね」
にこりと即座に返る笑顔はジョーリィの答えを予期していたようで、一抹の不安がよぎる。
「お嬢様は私に悪戯がしたいのか?」
「うん」
「ほお……?」
フェリチータの目的はお菓子をせびることではなく、ジョーリィに悪戯をすることだったらしい。
それならばと、表情には出さずに自分が不利になることのないよう、素早く考えを巡らせる。
「お姉ちゃん。『Dolcetto o Scherzetto』ってなに?」
「『Dolcetto o Scherzetto』っていうのは、ハロウィンに言うとお菓子がもらえる言葉なの」
「そうなの? じゃあ、僕がお姉ちゃんに言ってももらえる?」
「うん」
二人の成り行きを不思議そうに見つめていたエルモに微笑み頷くと、『Dolcetto o Scherzetto』と小さな手が差し出された。
その掌に、今日のためにと用意していた菓子を籠から取り出し手渡す。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「私の分はないのかな?」
「ジョーリィはくれる側でしょ?」
「ふっ……」
話をそらそうとするが、そう簡単に騙されてはくれず、やれやれと肩をすくめた。
「……望みはなんだ?」
問うと、差し出されたのは籠と共に手にしていた袋。
「洋服か……?」
中を覗き込むと、こくりと頷きが返る。
「ジョーリィの仮装用の衣装だよ」
「仮装だと? クッ……なぜ私がそのようなことを……」
「パーパが言ってたでしょ? 全員参加だって」
そういえば数日前、愛娘と初めて館でハロウィンを過ごすモンドが、ファミリー総出で行うと言っていた。
「……くだらない。こんな遊びに時間を費やすなら研究に回した方がよほどいい」
「ダメ。ジョーリィはお菓子を用意できなかったもの」
これがフェリチータの狙いだったのだろう。
安易に試したのは間違いだったと、ジョーリィは内心で舌打った。
「ジョーリィはあまり派手なのは嫌かなと思って、バンパイアにしたんだけど……」
「乙女の血を求め夜な夜な現れる化け物……ふっ、これは遠巻きな誘いかな?」
「……っ、違う!」
「クックックッ……」
戯言でフェリチータを赤面に染めながら、しかし頑固な親子が不参加を許すとも思えず、ジョーリィは吸っていた葉巻を消すと不承不承で立ち上がった。
「ジョーリィ?」
「もちろん手伝ってくれるのだろう?」
「……着替えぐらい一人で出来るでしょ?」
「この私があのような戯言でいうことを聞くとでも? 私がこの衣装を身につける代わりに、君が着替えさせる……等価交換だ」
ただで願いを聞くのも癪だと口元をつりあげれば、眉を寄せつつもフェリチータが近寄りジョーリィのジャケットに手をかけた。
そんな彼女の腰に手を回すと、耳元でそっと囁く。
「Dolcetto o Scherzetto? もちろんDolcettoしか受け取るつもりはないよ? お嬢様」